ヒーロー(について)インタビュー ③




 霞ヶ浦かすみがうらふれあいランドへの出動から数日が経ったある日。


「タケさんはどうして茨城元気計画いばらきげんきけいかくに参加したんですか?」


 僕が尋ねると、タケさんはホースを構えた格好できょとんとした。


「何だね、タツキング、藪から棒に」

「いえ、そういえば聞いたことなかったなって思って」


 今日は曇りだから洗車をしよう。

 そうタケさんが言い出したので、僕も手伝って、二人でイバライガーカーの洗車に取りかかっていたときだった。

 基地の駐車場に洗車道具一式を持ち出し、ホースを引っぱり出しながら、僕は不意に思いついてタケさんに質問してみたのだった。


「この間、たまたまマキさんとそういう話をしてて。

それで、タケさんは何かきっかけとかあったのかなって」

「きっかけねぇ……」


 気のない声を出して、タケさんはホースを車に向ける。

 そのまま無言で車に水をかけていくタケさんに、僕はおずおずと聞いた。


「もしかして、聞いちゃいけないことでしたか?」

「いや、そうじゃないんだけども。

改めてこういう話をするのも、素面しらふじゃ恥ずかしいというか何というか」

「はあ……?」


 歯切れの悪い言い方に僕は首をかしげる。


 タケさんは視線をあさっての方に向けて言う。


「ほんとに、言うほどの何かがあったわけじゃないんだけど。

イバライガーの、まず格好を見てイケてるなって思って。

ショーを見て、ストーリーとか設定とかちゃんとしてるのがすごいなって思って。

それで、ステージ降りたときのファンとの距離の近さとか、自分と同じところに立って存在しているヒーローって感じが、またかっこいいなって思えて。

好きだなーって思って見てるうちに、自分も仲間に入りたくなったというか……そんな感じで」

「その感じ、僕もわかります。

見てると、仲間に混ぜてほしくなるんですよね」

「そうなー。

会場回るグリーティングのときとかさ、つい追いかけちゃうもんなー。

タツキング、バケツこっちにちょーだい。

シャンプー入れるから」


 言われて、僕は慌ててタケさんのところにバケツを持っていく。

 カーシャンプーを入れたバケツに勢いよくホースで水を注ぎながら、タケさんはぽつりと言った。


「俺さ、好きなショーがあるんだよね」

「どのショーですか?」

「タツキングは見たことある? イバライガーの苦手なものの話」


 僕はうなずいた。

 ネット上でもそのショーの動画は公開されているから、何年か前のものだけれど、僕も見たことがある。

 強くて頼りになるイバライガーに苦手なものなんてないでしょう、とミニライガーたちがうらやましがって言う話だ。

 子供なミニライガーたちは、何かを苦手に思う気持ちをジャークにつけ込まれてしまって……と、ショーは展開していく。


 タケさんは泡立つシャンプーに視線を落としたまま、独り言でもつぶやくように言った。


「あのショーで、イバライガーは自分の苦手なものを告白するだろ。

戦うことが苦手だって。

自分が傷つくことも誰かを傷つけることもいやだって言うんだよな。

それが……何かすごい響いた」


 スポンジー、と言われて、僕はまた慌ててタケさんにスポンジを手渡す。

 シャンプーにびしゃびしゃに浸したスポンジで車を洗い始めるタケさんにならって、僕も車の反対側に回って洗車する。


 洗いながら、タケさんの声だけが聞こえてきた。


「戦うのが苦手だって、ヒーローが言うのも結構な衝撃だったけど、親近感もわいた。

でも、イバライガーはその苦手にいつも立ち向かっているんだよな。

苦手なことにも逃げずに立ち向かうんだって言うんだよ。

それが刺さってさ」


 口調は淡々としたまま、タケさんは続けて言う。


「俺さ、高卒でずっとフリーターしてたんだ。

バイトいろいろやってたんだけど、どこも長続きしなくってさぁ。

なんかいやなことがあったり、ここ合わねーなー、とか思っちゃうとすぐやめちゃってたわけ。

どーせバイトだしってね。

そんな感じでふらふらしながら、特にやりたいことも好きなことも、夢中になれるものも見つからなくって……目的もなく、惰性で生きてる感じだった。

それは俺が逃げてたからだったんだって、イバライガーの言葉で気づけた。

それで、それを気づかせてくれた人たちと一緒に、俺も何かやりたいって思った。

ま、あえてきっかけっていうならそれかなー」


 不意にあっけらかんとした口調になってタケさんは笑う。


「なー? 別に大した理由なんてないだろー」

「……いえ、そんなことないと、僕は思いますよ」

「そお? 

けど、まあ、いざ参加してみたら大変なこともわんさかあってさぁ。

正直逃げ出したくなることもあったけど、仲間置いて自分だけイチヌケなんてできないじゃん。

ここじゃないとできない夢もあるしねー」

「夢ですか?」

「そうそう。

世界っていうのもあるし、他にもやってみたいことはいっぱいあんのよ。

自主公演とかもっとやりたいよなー、月一くらいで。

けど、それも先立つものがないとねー」

「もう少しお金があれば……」

「もう少しスポンサーがついてくれれば、ねえ……ほんと、こうやっていつまで活動できるもんだか……」

「タケさん……?」


 ぼそりとつぶやかれた言葉が聞き取れなくて、僕は車の反対側に聞き返す。

 

 しかし、返ってきたのは勢いよく降りかかる水しぶきだった。


「うわっ!」

「わははー、引っかかったなタツキング」

「ちょっと……タケさん! 

濡れましたよ、思いっきり!」

「水もしたたるいい男だな。

シャンプー流すからどいててー」

「先に言ってくださいよ……」


 僕の文句にタケさんの脳天気な笑い声がかぶさる。

 僕は憮然としながら、水浸しになったTシャツの裾を絞りつつ車から離れた。


 ……さすがに今日はちょっと寒いんですけど。

 思ったとたんにくしゃみが出て、またタケさんが笑った。

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