ヒーロー(について)インタビュー ④




 生乾きのTシャツのまま、僕は家路へとついた。

 着替えなんか持っていなかったから、タケさんに水浸しにされてしまったTシャツを扇風機の風に当てていたのだが、結局乾ききることはなかった。

 仕方なく生乾きのまま着て帰ってくる羽目になったのだけど、夕方の風が容赦なく沁みてきて、寒い。


 軽く震えながらアパートにたどり着くと、部屋の前にたたずむ人影……いうまでもなく、莉子りこちゃんだ。


「叔父さん、おかえりー」

「莉子ちゃん……最近、よく来る気がするね。

部活はどうしたの? まさかサボりとか……」

「サボってないよ! ちゃんと部活行ってるよ! 

今日は練習が早く終わっただけなんだもん」


 そう言って、莉子ちゃんは中学校のジャージ姿で僕に笑う。

 ……思うのだけど、どうして学生時代はジャージで出歩くのに抵抗がなくて、大人になるとみっともなく感じるのだろう?


 僕の素朴な疑問などお構いなしに、莉子ちゃんは重そうな紙袋を持ち上げて言う。


「今日もお仕事がんばった叔父さんに差し入れだよー。

ね、上がっていっていい?」


 目をきらきらさせながらこちらを見上げてくる姪っ子に、僕は小さく溜息をこぼす。

 ああ、わかっているとも。

 差し入れは口実で、莉子ちゃんは基地の話が聞きたくて来ているのだということは。

 莉子ちゃんのお目当ては、僕ではなくてイバライガーだということは。

 わかっているとも……さみしくなんかないやい。


 そうとわかってはいても、わざわざ差し入れを持って帰りを待っていてくれたとなると、ついかわいく思えてしまうのだから、つくづく僕は姪っ子に甘い。

 部屋の鍵を取り出しながら、僕は莉子ちゃんに尋ねる。


「上がってくのはもちろんいいけどね。

その袋はどうしたの? 何か、重そうだけど」

「メロンだよ。

お父さんがお得意さまからたくさんもらったから、叔父さんにもおすそ分けだって」


 重たげな紙袋を僕に押しつけるようにして、莉子ちゃんは遠慮なく部屋に入っていく。

 袋の中をのぞき込むとメロンの甘い香りがした。

 茨城の特産品でもあるメロンは好物だ。

 冷やしてからゆっくり食べるとしよう。


 冷蔵庫にメロンを押し込んで、代わりに麦茶の瓶を取り出す。


「叔父さん、今日はどんなお仕事してたの?」


 居間で、自分の部屋のごとくくつろぎながら莉子ちゃんが尋ねてくる。

 僕は麦茶の瓶とコップを運んで、莉子ちゃんの対面に腰を下ろして答える。


「今日は事務仕事と洗車。

莉子ちゃんが聞いて楽しいようなことはなかったよ。

……ああ、そうだった、そのとき先輩に水かけられたのがまだ乾いてないんだった……」

「着替えないの?」

「……年頃の女の子がいるところで着替えはできません」

「私は全然気にしないのにー」

「気にしてください」


 僕の言い様に、莉子ちゃんは白っぽい目つきをする。


「叔父さんって真面目だよねー」


 真面目はダメですか!?

 莉子ちゃんの物言いは、僕のデリケートな心に突き刺さった。

 JCこわい。


 僕の内心などまるで気にしていない風に、莉子ちゃんは自分の分だけ麦茶を注ぎ、気持ちよく飲み干してから言った。


「でも、叔父さんがちゃんとお仕事できてるみたいでよかったよ。

基地の人たちとも仲いいんだ?」

「そうだね、みんなよくしてくれるから。

いい人もいるし、おもしろい人もいるし」

「そっかー。よかった、よかった」


 莉子ちゃんは笑って何度もうなずいた。


 僕は自分のコップに麦茶を入れながら、ふと思いつく。

 いつも僕が質問されてばかりだから、たまには僕から莉子ちゃんに聞いてみようか。


「莉子ちゃんはさ、どうしてイバライガーが好きなの?」

「どうしてって、だってかっこいいから」

「それだけ?」

「それだけって?」

「いや、今日、先輩の話を聞いててね、みんないろんなきっかけがあって、イバライガーと一緒に活動しているんだなって思ったから。

莉子ちゃんにも何かきっかけとかあったのかなって」


 そう言うと、莉子ちゃんは天井の方に視線を向けて考え込むような顔をした。

 そして、真顔で僕に向き直ると、


「この話は誰にも言わないでね。

お父さんとお母さんにも言っちゃダメだからね」


 そう前置きをする。

 思いがけない真剣さに押されて僕がうなずくと、莉子ちゃんは意を決した様子で言った。


「前にね、陽太ようたのクラスでいじめがあったの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る