エピソード4「ヒーロー(について)インタビュー」
ヒーロー(について)インタビュー ①
腕時計を見ると、いい加減、休憩も終わりにしなければならない時間になっていた。
いつまでもへそを曲げているわけにはいかない。
僕はしゃがみ込んでいたコンクリートの上から苦労して立ち上がる。
空き缶をゴミ箱に放り込んで、僕は大きくのびをした。
いやな気分はまったく晴れてはいないが、それを顔に出さないように気をつけないと。
戻ってまた、マキさんやタケさんに心配かけないようにしないと。
いやな気分が顔や態度に出れば、みんなにもいやな思いをさせてしまう。
それだけは気をつけなければ――そう頭を働かせながらステージに向かおうとして、踏み出した僕の足が止まる。
駐車場で、僕の方を見ている人がいる。
目が合うと、その僕の母親と同じ年代に見えるおばさんは、とことこと僕のところへ小走りにやって来た。
「イバライガーさんのスタッフさん?」
ふんわりとした笑みを向けて、おばさんは僕に尋ねる。
突然のことに僕がとっさに返事をできないでいると、おばさんは小首をかしげて言った。
「いきなり声をかけてごめんなさい。
そのTシャツ、スタッフさんだと思ったから、つい。
違ったかしら?」
「いえ、スタッフです。何かご用でしょうか」
「ええ、今日は代表さん、どちらにいらっしゃるのかしらと思って。
ショーの前にごあいさつしたくって」
「ボスですか?
たぶん、今ならステージの方か控えのテントにいると思いますけど……」
ボスに何の用だろう?
さっきのおじさんとのやり取りが思い出されて、僕はつい無感情な声を作って言った。
「ボスのお知り合いの方ですか?」
「いえね、以前にとてもお世話になったものだから、お礼も兼ねてごあいさつしておきたくって」
おばさんの言葉に、今度は僕が首をかしげる。
ふんわりとした微笑みを崩さずにおばさんは言った。
「以前のね、震災のとき、イバライガーさんが私たちのところにまで来てくれてね、随分と励ましてもらったことがあるんですよ」
震災。
その言葉にはっとした。
二〇一一年三月十一日、東日本大震災。
日本の観測史上最大だったと言われるあの大地震の起こった日のことは、今でもはっきりと思い出せる。
被害は、岩手、宮城、福島、栃木、そして茨城と広範囲にわたり、津波や地盤沈下などで多くの建物が全壊、おびただしい数の死者、行方不明者が出た。
原発事故もあり、被災地からの避難生活は長期化し、復興、復興と声を上げて励みながらも、震災から七年が経った今なお、震災以前の生活に戻れないでいる地域は多い。
当時、僕の住んでいたところや実家のある地域の被害は、二週間ほど電気と水道が使えなかったくらいだった。
不便だったが、その程度で済んでくれてよかった。
テレビが映るようになり、各地の被害状況が報道されるのを見て、僕は戦慄しながら心底そう思った。
恐ろしい勢いで迫ってくる津波。
濁流になすすべもなく呑み込まれていく家。
無残な姿となった土地に呆然と立ちすくむ人々。
自分や家族、友人たちも、こんな目に遭っていたかもしれない。
そう思うと、僕は恐怖しながらも安堵していたのだった。
このおばさんも被災者だったのだ。
そう思って見つめると、おばさんはやっぱり笑ったまま言う。
「住んでいた辺りがね、津波の被害に遭って。
しばらく避難所で生活していたんですよ。
学校の体育館にいさせてもらってね、同じように避難してきた人たちがたくさん。
家族はみんな無事で、何とか一緒に避難してこられたんだけど、それでも心細くって恐くってねぇ」
「大変だったんですね……」
「ええ、本当に。みんな同じ思いでしたよ。
避難所生活もいつまで続くかわからなくて、不安でしょうがなくて。
でもね、そんなときに、イバライガーさんが来てくれたんですよ」
そのときのことを思い出してか、おばさんの頬がうれしそうにゆるんだ。
「あの真っ赤なスーツのね、かっこいいヒーローが避難所に来てくれて、子供はもちろん、大人もとっても喜んだんですよ。
ひとりひとりのところに来てね、ジュースを配ってくれて、握手したりして励ましてくれて。
うちの子も、避難してきてからずっとふさいでいたんですけど、イバライガーさんに会ってからようやく笑えるようになったんですよ。
本当に、ありがたかったです」
「そんなことが……」
そんなことがあったなんて知らなかった。
震災のときはまだ、僕はイバライガーと出会っていなかったから。
「後から聞いたら、私たちのところだけじゃなくて、あちこちの避難所を訪問してたそうで。
だって、自分たちだって被災者なのにねぇ。
随分と無理をして活動してたって聞いて、本当に、ありがたいやら申しわけないやらで……」
「…………」
「だからね、あのとき助けてもらった分、今は私たちが助けてあげなきゃって思って。
こうやってショーを見に来ているんですよ」
「それは……あの、ありがとうございます。
僕は新入りなもので、そのときのことは全然知らないんですけど。
でも、うれしいです。ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。
うちの子もね、いい加減ヒーローで喜ぶような歳じゃなくなっちゃったんですけど。
それでも、イバライガーさんのことは応援してて、ずっとファンなんですよ」
「ありがとうございます。
お子さんにも、よろしくお伝えください」
「ええ、はい。お邪魔しちゃってすみませんでしたねぇ。
それじゃあ」
「あ、あの」
お辞儀をして去りかけたおばさんを、僕はとっさに呼び止めた。
「あの……ショー、楽しんでいってください」
「はい、楽しみにしています」
ニコニコと笑って、おばさんは僕にお辞儀をして広場の方へと歩いて行く。
その後ろ姿が見えなくなるまで、僕はその場に立ちすくんでいた。
今日はやけに太陽がまぶしいな。
アスファルトの照り返しが目にしみる。
僕は手のひらで乱暴に目元をぬぐった。
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