ヒーローショー開演! ④




 『最後尾はこちら』と書かれたボードを持って立つ僕の足元は、ショーの余韻に浸ってまだふわふわしていた。


 僕の前には、ショーを見終わったファンの行列ができている。

 一回目のショーが終わり、今は恒例の握手撮影会の最中だ。

 小さな子供を連れた家族、大人だけのグループ、中には愛犬を連れてきている人も列に並んでいる。

 もちろん、莉子りこちゃんと陽太ようたくんも、しっかり列の真ん中辺りに並んで順番を待っていた。

 並んでいる間は、ファン同士でおしゃべりしたり、顔なじみのスタッフと言葉を交わしてたりして、みんな和気藹々わきあいあいとしている。

 その様子を後ろから眺められるこのポジションは、何だかとても居心地がいい。


 列の外では、ジャーク戦闘員や怪人たちが、気さくにファンに応じて写真を撮ったりサインをしたりしている。

 ショーの最中はイバライガーの敵役だけども、ステージを降りれば彼らだって人気の的だ。


 どこか愛嬌あるジャークたちの様子を見ていると、ついさっき終わったばかりのショーのことが浮かんできた。

 スタッフとして初めて参加したステージショー。

 ステージわきのテントの中にも聞こえてきた子供たちの声援が、耳にまだ残っている。

 イバライガーが戦っているとき、ピンチになってしまったとき、子供たちは本当に本気の声援を投げかける。

 必死にイバライガーの名前を叫ぶ声を聞いていると、不覚にも僕は涙が出そうになった。

 もし僕が敵役としてステージに出ていたら、あの声援だけで立っていられなくなるだろう。

 そんな子供たちの前で、毎ステージ敵役を全うし、イバライガーに倒されて退場する彼らに、僕は尊敬の念すら覚える。

 こういう気持ちも、スタッフとして参加していなければわからなかったかもしれない。

 もちろん、戦うイバライガーの背中がかっこよかったのは言うまでもないことだし、ジャークにシンパシーを感じても、イバライガーのことが好きなのも変わらないことなんだけど。


 いくらか進んだ行列の前に視線を向けると、ファンとハグするイバライガーの姿が見えた。

 苛烈に戦うかっこいい彼も好きだけど、ファンとの時間を楽しんでいるときの姿も好きだな。

 かわいい一面が見えたりしてにやけてしまう。


 そんなことを考えながら立っていると、


「これ、何の行列?」


 不意に声をかけられて、僕はそちらに目を向けた。

 地元の人だろうか、おじさんがひとり、胡乱うろんげに僕とファンの行列を見比べながら聞いてくる。


「何か来てるの?」

「時空戦士イバライガーです。

さっきまでステージショーをやっていたところで、この列は撮影会の順番待ちなんです」

「イバ……? ああ、アレね……」

「一回目のショーは終わっちゃいましたけど、この後もう一回ステージあるので、よかったら見ていってください」


 行列を見つめるおじさんに、僕は宣伝のつもりで言ってみる。

 しかし、おじさんは僕の言うことなどまるで聞いてない様子だった。

 行列に目を向けたまま、つまらなそうに鼻を鳴らして、言う。


「いい歳した大人がさぁ、ごっこ遊びで人集めして恥ずかしくないのかね」


 ぼそりと言われた一言に、僕の思考は凍った。


(今、何と言った?) 


 愕然として黙る僕の方に視線だけ向けて、おじさんは続けざまに言う。


「あんたらはいいよねぇ、俺らの税金で飯食ってさ。

こうやって毎日遊んでられるんだからね」


 あからさまにこちらを見下げてくる物言いだった。

 頭に血が上りそうになるのを抑えて、僕はつとめて平淡な口調を作って言い返す。


「あの、誤解があるようなんですけど、僕らの活動は自主活動なので、税金なんてもらってないですよ。

個人で運営している活動で、県とか自治体とかは関係ないので」

「ああ、そうなの。

それでごっこ遊びしてられるんだから、金持ってる奴らはいいねぇ。

こんだけ人集まってるんだから、せいぜい儲かってるんでしょ」


 言って、おじさんはおもしろくなさそうな顔で笑った。


(何なんだ、この人は)


 せり上がってくる感情を、僕は息を呑み込んでこらえる。

 怒鳴りつける代わりに、僕は無感情な声を作っておじさんに言った。


「ご用がなければ、仕事に戻っていいですか。

関係ない人にいられると、ファンの皆さんにも迷惑になるので」


 おじさんは僕の顔を一瞥すると、また一つ鼻を鳴らして列に背を向けた。

 歩き去る姿が見えなくなるまで、僕はその背中をにらみつけてやる。

 ……そうやって、追い払うことしかできなかった。


 胸の辺りにたまったものを、僕は大きな溜息にして足元に吐き出す。


「龍生くん、どうかしたの?」


 声に顔を上げると、いつの間にかマキさんが来ていて、僕の顔を見上げていた。

 心配そうな表情を浮かべて、マキさんが言う。


「何かあった? ひどい顔してるよ」

「……どんな顔してますか、僕」

「何か、恐い顔」


 言われて、僕は手のひらで顔をこすった。

 そんなことをして、顔に出るほどいやな気分をぬぐえるわけでなく、かといって、今の出来事はちょっとでも口に出すのすらためらわれた。

 口に出したとたん、僕の中のいやなものが爆発してしまいそうに思えた。


「ちょっと……いえ、別に、何でもないです」


 ごまかしてそう言うと、マキさんは不思議そうに小首をかしげた。

 そして、ちょっと伸び上がって僕の手からボードを取ると、言う。


「ここは替わるから、先に休憩入ってていいよ」

「え、でも、まだ時間……」

「いいから。初めてのショーで疲れてるでしょ? 

次の準備はじめるときには声かけるから、休憩行ってらっしゃい。

これは先輩命令」

「……はい……それじゃあ、お先に失礼します」


 気遣われた。

 マキさんの優しさに、ほっとするよりも情けなさがこみ上げてきた。


 僕はその表情を見られないように顔をうつむけて、撮影会の楽しげな空気に背を向けた。

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