ヒーローショー開演! ③




 タケさんがスマホのカメラを構えているのを、僕は横からのぞき込んで言った。


「隠し撮りですか、先輩」

「人聞きの悪いことを言うでないよ、後輩。

本日の代表なう」


 言いつつシャッターを切った画面に写っているのは、ステージの前で指示出しをしているボスの後ろ姿だ。

 現場に出るときは必ずタンクトップというボスの、鍛えられた背中を写真に収めて、タケさんは満足げにうなずいている。


 日曜日、ステージショー当日である。


 日本で二番目に広い湖である霞ヶ浦かすみがうらにかかる大橋の、行方なめがた市側のたもとにあるのが霞ヶ浦ふれあいランドだ。

 展望台のある虹の塔、水について学べる水の科学館、アスレチックと水遊びのできる親水しんすい公園。

 どれも僕が子供の頃遊びに来たそのままに、今も残っているのが懐かしい。

 今日はここの広場に設置されたステージで、イバライガーのショーを開催する。

 今日も好天に恵まれた。

 きっと熱いショーになるだろう。

 それはさておき――。


「本当に練習って当日にやるんですね」


 僕は、きびきびと自分も動きながら指示を出しているボスに視線を向けつつ、隣のタケさんに言う。

 前日までに台本を読んできた出演メンバーが、当日集まってから練習すると聞いてはいたけれど、実際に目の当たりにするとやっぱり驚かされる。

 三時間の練習時間の中で、各人がそれぞれ組み合う相手とアクション合わせをする。

 全員で集まってのリハーサルなどはしない。

 短時間でのこの練習で一つのショーが完成すると聞くと、素人の僕からすると魔法か何かかと思えてしまう。


「短時間での練習で集中できる。ショーがだれない。

アクションの迫力、緊張感につながるっていうのがこのメリットだな。

まあ、間違えることもあるっていうデメリットもあるけど」

「やっぱりそういうこともありますか」

「まあ、ショーは生ものだから。ハプニングもままあるしなぁ。

けど、長く組んでるメンバーは、本番で間違えてもきっちり修正して締めてくれる。

しかも、見てる人には間違えたことがわからない」

「すごいですね……」


 それ以上、言いようがない。

 そういう人たちと一緒にステージ作りに参加できることに、気持ちが上がっていくような、やっぱり緊張するような気分で、僕は浮き足立っていた。


 不意に、首筋に冷たいものが押し当てられて、僕は思わず悲鳴を上げた。


「うひゃあぁっ!?」

「えへへー、ドッキリ成功」


 脳天気な声に振り向くと、そこにはジュースのペットボトルを掲げた莉子りこちゃんと、笑いをこらえた表情の陽太ようたくんが並んで立っていた。


「二人とも、来てたんだ。びっくりした……」

「背後が隙だらけだったよー。

まだまだ修行がたりぬようですな」

「どこの忍びの者ですか……」


 照れ隠しにせいぜいしかめっ面をして言ってやる。

 そのやり取りを見ていたタケさんが、ちょいちょいと僕のわきをつついて言った。


「龍生くん、龍生くん、そのかわいい子誰よ? 妹さん? 

まさか、彼女とかいうんじゃあるまいね?」

「違います。

この子たちは僕の姪っ子と甥っ子です」

「はじめまして! 早川莉子と申します。

いつも叔父がお世話になっております」

「これはどうもご丁寧に」


 折り目正しくお辞儀をする莉子ちゃんにつられたように、タケさんも頭を下げた。

 君は僕の母親か……妙に大人ぶった態度の莉子ちゃんに僕は憮然とする。


「叔父は基地でちゃんとやってますか? 

皆さんにご迷惑かけてないか心配で」

「莉子ちゃん、君ほんとにお母さんみたいなこと言ってるよ」

「いやー、龍生くんはとてもよくやってくれてますよ。

しっかりした叔父さんでいいですなー」

「タケさんも何言ってんですか。乗っからないでください」


 漫才めいたやり取りに恥ずかしくなる。

 ああ、職場に身内がやって来る羞恥ってこういうこと?


 笑いながら、タケさんはぱたぱたと僕の肩をたたいて言う。


「じゃあ、俺向こう手伝ってくるから」

「それなら僕も……」

「いいって。お客さん集まるまでまだ時間あるし。

用ができたら呼ぶから、少し話してなよ」


 言い置いて、タケさんはフットワーク軽くステージへと走って行ってしまった。

 その先輩らしい後ろ姿を見送って、僕は莉子ちゃんに尋ねる。


「今日はまさか、二人だけで来たの?」

「ううん、今日はお父さんと一緒」

「で、そのお父さんはどうしたの?」


 来ているのは莉子ちゃんと陽太くんだけで、二人の父たる我が兄の姿は見当たらない。

 すると、莉子ちゃんは虹の塔を指さして言った。


「ボルダリングやってる。

熱中しちゃってるから置いてきた」

「ああ、そういえば、最近塔の中にボルダリングの設備ができたんだっけ」

「ショーが終わったら迎えに来るから待っててって言っておいたし、大丈夫だと思う」


 どっちが親だかわからない言いように、僕は苦笑した。

 そんな僕に、莉子ちゃんが持っていた紙袋を差し出す。


「はい、これ、叔父さんに差し入れ。

スタッフの皆さんと食べてね」

「ああ、わざわざありがとう」


 受け取って、何気なく中身を確認してみると……案の定の地元銘菓。

 肩を落とす僕に莉子ちゃんが言う。


「おばあちゃんが、持っていってあげなさいって」

「うん……けど、何で吉原殿中よしわらでんちゅう……」

「嫌いだった?」

「いや、好きだけども……」

「おばあちゃんが言ってたよー。

龍生も何とか落ち着いてくれたみたいでよかったわー、あの子は計画をきちんと立ててその通りに物事進めるのは得意だけど、計画にないことがあるととたんにダメなのよねー、そういうところは兄弟で正反対なのよねー、て」


 我が母の口ぶりをそっくりまねて言ってみせる莉子ちゃんの横で、陽太くんがクスクスと笑った。

 溜息をつきたくなる言われようだが、まったくその通りなのだった。

 子供の頃から、何でもその場の思いつきで行動する兄と違って、僕はしっかり計画を立てないと気がすまない質だった。

 行き当たりばったりなくせに兄のやることはよくよくうまくいき、僕は計画にないアクシデントにぶち当たるととたんに弱く、かくして成長した兄弟は、自分の店を持って結婚もし、立派な一家の主として働いている兄と違って、僕は恋人もおらず、転職もうまくいかなかった始末で……って、そんなことは今はどうでもいい。

 僕は頭を振って悲しい思い出を払い落とした。


「今日のショー、楽しんでいってね」

「うん! 今日は二回あるよね。

二回とも見ていくから、叔父さんもショーがんばってね!」

「僕がステージに立つわけじゃないけどね。

うん、でも、ありがとう。がんばるよ」

「うん。じゃあ、私たち席取りするから」

「え、もう? まだ始まるまで時間あるよ?」

「だって、叔父さんの初ステージだもん。

いい場所取って応援しなきゃ!」

「いや、だから僕はステージ立たないし、応援するのはイバライガーのでしょ」

「そうだけど、いいの! 叔父さんの応援もするの!」


 言って、莉子ちゃんは陽太くんの手を取って駆けだしていく。

 ……まあ、おじさんには推し量れない、女の子の心情があるのだろうな。

 そう思いつつ、ステージに向かおうときびすを返した僕の背に、莉子ちゃんの声がかかる。


「叔父さーん!」


 振り返ると、ステージからすっかり離れたところで、莉子ちゃんが満面の笑顔を向けて大声で言った。


「スタッフTシャツ、かっこいいよ! すごい似合ってる!」


 そう言って手を振るかわいい姪っ子に、僕も手を振り返す。


 こそばゆい感じもするが、悪い気はしない。

 気合いも入った。

 Tシャツだけでなく、仕事ぶりもかっこいいと言われるようにならなきゃな。

 そう決意して、僕は慌ただしく準備の進むステージへと走った。

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