ヒーローショー開演! ②
僕はほとんど倒れ込むようにして、基地のソファーに体を沈めた。
全身にまとわりつく疲労感に、自分の体が十倍は重くなってしまったような気がしていた。
このまま寝たら二度と起き上がれない気がする。
「……つかれた……」
「お疲れさま」
誰もいないと思ってつぶやいた独り言に応える声があって、僕はあたふたと身を起こした。
「ボス……お疲れさまです」
「どうだった、初出動の感想は?」
またもいつの間に現れたのか、ボスは涼しい顔をして、僕に日本茶の缶を差し出しながら言った。
よく冷えたそれをありがたく受け取って、僕は引きつりそうになる顔に何とか笑みを浮かべて言う。
「はい、何というか……子供って元気ですね」
間の抜けた返事に、ボスはのどを震わせて笑った。
保育園への初出動を終えて、つい先ほど基地に帰ってきたばかりだった。
いや、ようやく帰ってこられた、と言った方が、僕の気分としてはしっくりくる。
本当に、無事に帰還できた安堵で今は胸がいっぱいだ。
保育園にイバライガーが現れたときの、園児たちの興奮ぶりはすごかった。
歓声を上げて、体いっぱいにその喜びを表現する子供たちに、こちらの方が楽しくなってきてしまうほどだった。
はしゃぎ回る子供たちをイバライガーがだっこし、一緒に鬼ごっこをして、先生に写真を撮ってもらい……その様子を微笑ましい気持ちで、危ないことがないように見守っているうちは、まだよかった。
僕にとっては。
何をきっかけにしてか、園児の関心が不意に僕に向いた。
まだ
一人を肩車すると、我も我もと園児たちが集まって来、気づけば僕はイバライガーと共に園児たちに取り囲まれて、彼らの遊具と化していた。
おんぶー、だっこー、かたぐるまー、と次々迫り来るおねだりの波。
尽きることのないエネルギーの塊が、怒濤のごとく押し寄せる。
群がる園児にさすがに危機を感じて、こういうときの頼れる先輩の姿を探し求めると、タケさんは爆笑しながらスマホを構えて写真を撮りまくっていた。
もちろん、SOSに応えてくれる気配はない。
かくして、保育園の先生からお昼寝の時間を知らせる福音めいた声がかかるまで、僕は小さな怪獣たちに蹂躙され尽くす羽目となった。
しかしながら、僕はタケさんに屍を拾ってもらって基地に帰り着くことができたが、イバライガーは来たとき同様、颯爽とトライクを運転して帰ってきたのだ。
僕以上に疲れ果てていただろうに。
ヒーローとはかくあるべし。
そのことを僕は初出動で、イバライガーの凛々しい背中から学んだ。
……しばらく筋肉痛でしんどいことになりそうだ……。
「すごく、疲れましたけど……でも、みんな喜んでくれて、よかったです」
そう言うと、ボスは笑ってうなずいてくれた。
ふと、車の中でタケさんが話してくれたことが思い出された。
「……ヒーローって、大変なんですね」
思わず言ってしまった僕の一言に、ボスは軽く首をかしげてみせた。
「そんなに今日は大変だった?」
「あ、いえ、僕のことじゃなくて……団体の運営って大変なんだなって。
ちょっとだけ、そういう話を聞いたので」
「ああ、なるほど。
確かにね、維持していくのは大変なことだ。
今まで続けてこられたのも、たくさんの人たちの支えがあってこそだから」
そう言うボスの口ぶりからは、その辛さも悩みもにじまない。
毅然とした様子で、ボスは言う。
「イバライガーは、会いたいという人のところに必ず駆けつける。
自分が大変なときでも、自分のことを後回しにしてでもね。
それがヒーローだから」
「……強いんですね」
「いや、それは違う」
否定の言葉に、僕は虚を突かれた。
呆気に取られる僕に向かって、ボスは静かに言った。
「ヒーローはね、一番の弱者なんだよ」
そう言って、ボスはかすかに笑みを浮かべた。
弱者。
その一言が、笑みと共に僕の胸に沁みた。
ヒーローだから強い、んじゃない。
強いからヒーロー、なんじゃない。
自分が辛くても、大変でも、呼ばれればどんなことがあっても駆けつける。
駆けつけなければならない。
戦って、必ず勝たねばならない。
それがヒーローだから。
そういうことなんだろうか?
そういう意味で、ボスは「ヒーローは弱者だ」と言うのだろうか?
(それじゃあ、そのヒーローの弱さを知っている人はいるんだろうか……?)
肩をたたいたボスの手の感触に、僕ははたと我に返った。
「今日は早く帰ってゆっくり休むといい。またすぐに次の出動がある。
筋肉痛だとか言ってられないからね」
どこかで心を読まれてる?
鋭すぎる指摘に僕はもう力なく笑うしかなかった。
「そうします。
もっと鍛えて、体力つけないといけないですね」
「そうだな。
そう、次の日曜にあるステージショー、君も出動できるね?」
「次……? 場所、どこでしたっけ?」
「霞ヶ浦ふれあいランド。君の地元のすぐ近くだろう」
「あっ……」
そうだった、今日の園児ショックですっぽ抜けてしまっていた。
いよいよ僕も、メインの活動とも言えるステージショーにスタッフとして参加する。
それも、子供の頃によく遊びに行った場所でのショーとなると、思い入れもあり、気合いの入り方も違うというものだ。
「当日は現地集合で構わないかな」
「はい、よろしくお願いします!」
とっさに力の入りすぎた返事をしてしまった僕に、ボスは笑顔でうなずき返してくれた。
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