エピソード3「ヒーローショー開演!」

ヒーローショー開演! ①




 基地の駐車場で、よくメンテナンスされた一台が出動の時を待っている。

 磨かれた真っ赤なボディに、白い矢印のマークが日の光にまぶしい。

 メタリックに輝くマフラー、ラジエーター、ヘッドライト。

 そして、光るホイールが個性的な重厚感のあるタイヤ。

 それが前輪一つと後輪二つで、どっしりと車体を支えている。


 バイクといえば普通、二輪だろうが、今僕の目の前にあるのは三輪バイクとも呼ばれるトライクだ。

 トライクは、アメリカでは一般的な乗り物らしいが、日本では見かけることも珍しい。

 更に一六〇〇ccの大型となると、公道を走っていれば注目されることは間違いない。

 しかも、その目立つカラーの大型トライクに乗るのが――イバライガー本人となればなおさらだ。


「イバライガー、出動準備できましたー」


 タケさんの声に振り向くと、基地から丁度イバライガーが出てくるところだった。

 今日はこれから、ボランティアで市内の保育園に出動する。

 僕はタケさんと一緒にそれに同行するのだ。


龍生たつき、今日はよろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 気さくに声をかけてくれるイバライガーに、僕は少し緊張気味にあいさつをする。

 このかっこいい我らがヒーローを前にすると、僕はまだ少し自分が緊張するのを感じる。

 だが、今日はそれだけが理由ではなく、僕は朝から落ち着かずにいた。


「基地での仕事には慣れたか?」

「はい、おかげさまで」


 イバライガーの言葉に僕はうなずいて答えた。

 茨城元気計画いばらきげんきけいかくに参加して、もうすぐ一か月が経とうとしている。

 基地での仕事にも随分慣れてきた。

 ヒーロースーツでびっしり固めたイバライガーが普通にいて、話をしたり一緒に活動したりという日常にも……まあ、少しずつ慣れつつある。

 少なくとも、中の人がどうこうとか言わなくなるくらいには。

 結局、僕が初めて基地に来たときのあれは何だったのか。

 あんまりしつこく問いただすのもかっこ悪いので、うやむやのままにしてしまっている。

 それで僕の気がすんでいるということは、イバライガーがいる日常に僕が慣れてきている証拠なんだと思っている。


「先輩たちが親切ですから」

「それはよかった。

だが、今日は少し表情が硬いようだな」


 よく見てらっしゃる。

 僕はバイザー越しの観察眼の鋭さに舌を巻いた。


「今日は、僕にとっては初出動の日なので……」


 そう、今までは基地内での仕事ばかりしていた僕が、いよいよ今日、イバライガーと一緒に、初めて外での任務に出動する。

 “STAFF”とプリントされたTシャツに袖を通して出動するのが、こんなに緊張するものだとは思わなかった。


 イバライガーの大きな手が僕の肩を軽くたたく。


「そう身構えることはない。

そんな顔をしていては、子供たちを喜ばせられないぞ」


 言って、イバライガーは颯爽とした足取りでトライクへ向かう。


「じゃ、俺たちも行くか」


 タケさんに声をかけられて、僕は慌ててイバライガーカーに走った。


 バンの助手席に回ってドアを開ける。

 シートベルトを締めるのにもたついている間に、タケさんは運転席に乗り込んで、慣れた様子でエンジンをかけた。

 窓の外を見やると、トライクにまたがったイバライガーが、こちらも慣れた動作でキーを差し込みエンジンをかけるところだ。

 腹に響くエンジン音が、気持ちを高揚させる。


 イバライガーがこちらを振り返った。

 ひらりと手を振って、トライクを滑らかに発進させる。


「シートベルトしたな? そんじゃ、行きますか」


 トライクの後についてイバライガーカーも発進する。

 運転はタケさん任せで、僕は気楽に助手席で大人しくしていればいいはずなのだが、せわしない動悸がそれを許してはくれない。


「龍生くん、顔がこわばっておりましてよ?」


 悠々とハンドルを操りながら、タケさんが茶化すように言う。

 僕は憮然として、


「だって緊張してるんですよ。初出動なんですから……」

「意外とビビリねー。もしかして、子供苦手?」

「そういうわけじゃないんですけど」

「なら、しっかりしなさい、タツキング」

「た、たつきんぐ……?」

「そー。お前のニックネーム、今決めた」


 言って、タケさんは声を立てずに笑った。

 これは僕の緊張をほぐそうとしてくれてるのだろうか。

 たぶん、そういう先輩の気遣いなのだと思うことにしよう。


「毎回そんなに緊張してたら身がもたないぞ。

これからこういう機会、いっぱいあるんだからさ」


 タケさんの言うことはもっともなのだが、だからといって、じゃあリラックスしていきます、とも開き直れない。


 イバライガーの出動は、主に週末に行われるステージショーの他に、今日のような平日のボランティア活動がある。

 多い月では毎週末にショーの予定があり、加えて、病院や施設などへのボランティア訪問。

 それらを合わせると、出動回数は年間二〇〇回にも及ぶ。


 ヒーローの活動は外に出て行くものだ。

 早く慣れなければな……と思いつつも、そう簡単にはいかないもので。

 僕は別のことを考えて気をまぎらわすことに決めた。


 フロントガラス越しにイバライガーの背中が見える。

 後ろ姿もかっこいいな。

 トライクを走らせる姿が本当に絵になる。

 そういえば、子供の頃、バイク乗りをしていた父親にせがんで、バイクにまたがらせてもらってごっこ遊びなんかもしてたよな。

 また懐かしいことを思い出してしまった。


「やっぱり、ヒーローにはかっこいい乗り物がないと、ですよね」


 言ってから、会話の脈絡がないなと気づいたが、タケさんは察しよく、前を走るトライクを見ながら言った。


「これもボスのこだわりの表れだな。

ヒーローはかっこよくなくてはならない、外側も内側も」


 トライクもスーツも、一つの妥協も手抜きもないこだわりの表れなのだ。


「非日常を日常の中に起こす、ていうのも、ボスが言ってことがあったな」

「非日常を日常に?」

「そう。

だってさ、ヒーローがトライク乗って街をパトロールとか、普通あり得ないだろ。

テレビの中ならともかく、現実にはさ。

そういうことをやってやりたいって」

「なるほど……」

「ギリギリな中で、そういうポリシーは捨てないんだよなぁ」

「ギリギリ?」


 思わず僕が聞き返すと、タケさんは横目で僕の顔を見やった。

 そして、すぐに正面に視線を戻すと、


「現実的な話、うちも自転車操業だからさ。

いろいろ厳しい中でがんばってんのよ。自分で言うのも何だけど」

「それは、お金的な話で?」

「まあ、そうね。

イバライガーはショーの依頼も、他所よそと比べて破格で引き受けるから。

呼べば来てくれるのがイバライガーだから。

けど、現場に行くにはガソリン代かかるし、スーツ作るのだってお金かけるし。

もちろん、スタッフのギャラもあるし。

グッズの販売もしてるけど、あれだって全部イバライガーの活動資金だから、儲けなんてないし? 

まあ、こういう活動やってる団体は、どこも似たような感じなんだろうけど」

「それは……知りませんでした」

「うん、普通は知らないことだと思う。

華やかでにぎやかな、ショーでのヒーローしか見たことない人にとってはね」


 言って、タケさんは苦笑いを浮かべた。


「お金の話するヒーローとか、かっこ悪いよなぁ。

ほら、もうすぐ到着するぞ。

表情筋ほぐしておけよ、タツキング」


 タケさんの言葉に、僕は慌てて両頬を手でもみほぐす。


 前を走るトライクがカーブを曲がるのに続いてタケさんもハンドルを切る。

 いよいよ、目の前に子供たちの待つ保育園が見えてきた。

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