ヒーローとゆかいな仲間たち ⑥




 やにわに吹きつけてきた疎外感に動揺はなはだしい僕の内心など知らぬ風に、何食わぬ顔で作業を再開させてタケさんが言う。


「龍生くん、そこの段ボールの在庫取って。

色違いで一個ずつ」

「あ、はい……」


 釈然としない気分にはひとまず目をつむり、僕は言われた通りにグッズをまとめていた段ボール箱のひとつに手を伸ばす。

 そのイバライガーのテーマカラーでデザインされたワッペンを手に取ってみて、僕はちょっと首をかしげた。


「どした?」

「いや、この“18”ってどういう意味なんだろうなって思って……」


 ワッペンには赤地に白で、数字の18が刺繍されている。

 そういえば、グッズやスタッフの着用するTシャツにも、この18がプリントされてた気がする。


「それは“ライガー18”という意味なんだ」


 聞こえてきた声に、僕ら三人はそろって顔を上げた。


「あ、ボス」


 いつの間に来ていたのだろう、作業部屋に入ってきたのは、外出から帰ってきたばかりらしいボスだった。


「おかえりなさい、ボス。買い出し済みました?」


 マキさんが尋ねるのにうなずいて答えるボスに、僕は質問してみる。


「ライガー18っていうのは……?」

「イバライガーのアメリカでの名前だよ。

海外での活動のときには“Liger 18”と名乗ろうと思ってる。

18は“イバ”と読めるだろう」

「え、アメリカって……?」


 とっさに意味が飲み込めず聞き返す僕に、ボスは言ってのけた。


「イバライガーを世界に持っていく。

これは活動をはじめたときから目指していたことだ」


 静かだが熱意のこもった口調。

 むやみな気負いのない、だが強固な意志のみなぎった眼差し。

 決して冗談なんかじゃない、それは本気の言葉だった。

 僕はそれに圧倒されて、ただただ唖然としてしまっていた。


 ボスは不敵にも見える笑みを浮かべて言う。


「だが、それにはまず、日本でひとつ大きな花火を上げなければね」


 言うと、ボスはひらりと手を振って、きびきびとした足取りで部屋を出て行ってしまった。


 その後ろ姿に、僕の心は揺さぶられた。

 ぶわっと、体温が上昇する。


 世界。


 ローカルヒーローが世界を目指す。

 イバライガーが世界のヒーローになる。

 そんな夢。

 そんな夢を、本気で語ってくれる。

 なんて――。


「……かっこいい……」


 思わずつぶやいてしまった一言に、タケさんもマキさんも大きくうなずいた。


「だろー」

「ねー、かっこいいよねー」

「やばい……そもそもスケールが違うなんて。

かっこよすぎ、惚れてしまう……」


 つい言ってしまった言葉に、マキさんが笑って言う。


「ボスのファンもいっぱいいるから」

「実際、すごい人だよ。

一人で何でもやっちゃうからなー。

ヒーロー活動だって、最初はボスひとりではじめたんだもんな」

「デザインやって造形やって、営業活動もやって。

イバライガーはじめたときからずっと、今でも現役だし。

あたしたちのまかないまで作ってくれちゃうし」


 マキさんがそう言うのに大きくうなずいて、タケさんは僕に向かって言った。


「龍生くんはボスが造形やってるとこ見たことあるか?」

「いえ、ないです」

「すげーよ。

同時進行でいくつもの作業こなしていくから、すんごい速いの。

ほんとに止まってる時間ないんじゃないかっていうくらい。

俺、初めて見たとき、びっくりするっていうより呆れたもんな。

こう、ぽかーんと口開けて見てるしかできなかった」


 タケさんに続いてマキさんも言う。


「あれは初めて見たときはみんなびっくりするよね。

そうやってほとんど一人で作っちゃうでしょ。

スーツ一体、一週間くらいで作っちゃうよね」

「それって、めちゃくちゃ早いんじゃないですか?」


 造形のことは何もわからないけれど、あれだけ凝ったスーツを作り上げるのに、一週間ではたりない気がした。

 僕の疑問に、タケさんが真面目な顔をして言う。


「早い。

テレビの特撮ものの造形は、半年かけるって聞いたことあるし」


 ふむふむと、僕はうなずきながら聞いていたのだが。


 ていうか、今、造形って言ってるじゃないですか。

 それって、ガワと中身が別ってことじゃないですか。

 これツッコむべき? ツッコミ待ちなの? 

 でも、ここツッコんでまた中の人はいませんとか言われたら僕どうしたらいいの? 

 スルーすべきなの? どっちが正解? 

 今僕試されてるの? 何これ何の試練だよ!?


 ……正解を教えてくれる人はいなさそうなので、ひとまず僕は、ぐるぐると渦巻く内心の葛藤にはふたをすることに決めた。


 そして、いろいろ思うところを溜息にして、何の気なしに思いついたことをつぶやいてみる。


「もう、ボスこそヒーロー……っていうか、ボスって実はヒューマロイドなんじゃないですか?」


 冗談めかしていった僕の台詞に、先輩二人は神妙な顔つきでうなずき合っていた。

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