ヒーローとゆかいな仲間たち ③




「やあ、どうも」


 しゃちほこばる僕の前に、ボスはラフな態度で現れた。

 

 長身ではないが引きしまった体躯、日に焼けた肌に、染めた金髪は短く刈っている。

 そして、鋭い、と言ってもいいくらい強い眼光。

 パーカーにジーンズという服装はありふれた格好だが、そのたたずまいは、一見して只者ではない感じを僕に植えつけた。

 ……というか、ぱっと見、コワい人かと思ってしまう。

 こんなおじさんが外歩いてたら目立つだろうな。

 四十代半ばか後半くらいに見えるが、実際はもう少し上だろうか。

 僕が想像していたより若く見える。


 それが、僕が初めて対面した、茨城元気計画いばらきげんきけいかくのボスの印象だった。


「はじめまして! 

先日メールいたしました、早川龍生はやかわたつきと申します。

今日はよろしくお願いします!」

「まあ、どうぞ座って」


 勢い込む僕に、ボスは鷹揚にソファーを示して自分も腰を下ろした。

 僕もぎくしゃくと座り直して、テーブルを挟んでボスと向かい合う。

 ……緊張する。


「あの、今日はお忙しいところ、お時間とっていただいてありがとうございます」

「いや、今日は他のスタッフには休みを取らせていてね。

この時間は私も体が空いていて、ゆっくり話ができると思ったから。

それで、つくばフェスティバルのショー、見てくれたんだって?」

「はい。ショーを見たのは初めてだったんですが、すごくかっこよくて、あの、感動しました」


 緊張して、うまく言葉が出てこない。

 つたない言葉を、しかしボスはうなずきながら聞いてくれていた。


「ヒーロー、好きなんだ?」

「は、はい」

「それで自分もやってみたいと思った?」


 ボスの質問に、僕はつばを飲み込んだ。

 いい加減なことは言えない。

 自分のことを、正直に話さなければいけない。

 そう感じて、僕は口を開いた。


「実は僕、失業中なんです。

大学を卒業してから、一度は就職していたんですけど」


 最初の就職活動のときから、転職のことは頭にあった。

 複数の会社で経験を積み、スキルを高める。

 そうして、自分自身のレベルを上げて、最終的にふさわしいと思える企業に就職する。

 そう計画していた。

 だが、計画通りにはいかなかった。


「転職先に選んだ会社で、採用、通らなくて。

他に志望していたところも、うまくいかなくて……完全につまずいてしまったんです……」


 計画がつまずいて、僕のやる気はくじけてしまった。

 道の途中、転んで、倒れて、そのまま立ち上がれなくなってしまった。

 その気力を、つまずいた拍子に全部落としてしまったみたいに。


「そうしたら、何のために就職しようとしてたのか、転職しようとしてたのか、目的とか理由も、よくわからなくなってしまって。

何でもいいから、何か行動しなきゃいけないとはわかってるんですけど、気持ちが動かなくて。

興味もなくなってしまったというか、自分のことなのに、どうでもよくなってしまったというか……」


 来る前に、何をどう話そうか、きちんと考えてまとめてきたはずなのに、いざとなるとうまく口が回らなかった。

 ボスは黙って目を閉じて、僕の話に耳を傾けてくれていた。


「何にもする気が起きなくて、毎日だらだら過ごしてしまっていたんです。

それがこの間、初めてイバライガーのショーを見て、久しぶりに、本当に久しぶりに気持ちが動く感じがしたんです。

これいいなって。かっこいいな、こんなの自分もやってみたいなって。

言葉にしようとすると、うまく言える感じがしないんですけど。

何というか……心がそれに向かって走って行く感じがして」


 それまで、立ち上がる気力もなくして、道の真ん中で寝っ転がっているだけだった僕の前に、イバライガーは忽然とその姿を現した。


「今まで、イバライガーのこと、ほとんど知らなかったんです。

ショーを見たのもこの間が初めてだったし、茨城元気計画のことも、調べてみるまで知らなかったし。

それでも……そんな僕でも、一緒にやらせてもらうことはできますか?」


 言い切った。

 言いたいことは全部言えた。

 僕は膝の上で拳を握りしめて、緊張に耐えながらボスの返事を待った。


 ボスはひとつうなずくと、閉じていた目を開いて僕を見る。

 そして、


「子供の頃にね」

「はい?」

「小学生の頃かな、学校が終わって家に帰るとき、いつも私は走っていた。

ランドセルをしょってね、全速力で。

けど、それは何か目的があって走ってたわけじゃない。

走らずにはいられなくて、何か自分の中にそういう衝動があって走ってた」

「はい……わかる気がします」


 その感覚、たぶんそれは今の僕が感じているものと同じかもしれないと思う。

 そう思ってしまうのはおこがましいことだろうか? と考えながらも、僕はすっかりボスの話に釣り込まれて、聞き入っていた。


「そのときのように、今も私は走っている。

走ることをやめて、歩くようになる大人がいるけれど、私はそうじゃない」


 まるで、歩くことは立ち止まっているのと同じだというかのように、ボスは静かな口調で言った。


 ボスが真っ直ぐに僕を見る。

 反射的にぴりっと背を伸ばした僕に向かって、ボスは言った。


「一度倒れた人でも、また立ち上がれる。立ち上がっていいんだ」

「は、はい」

「いつから来られる?」


 さらりと言われて、僕はとっさに何を聞かれたのかわからず黙ってしまった。

 一瞬の空白、僕は慌てて口を開く。


「いつでも大丈夫です。何なら、明日からでも」

「じゃあ、明日またおいで。みんなにも紹介するから」


 ぽかんと、僕は目も口も開けてしまっていたに違いない。

 そんな僕に、ボスは笑って手をさしのべた。

 笑うと、ボスはとたんに人懐っこい印象になる。


「明日からよろしく」

「はい! よろしくお願いします!」


 さしのべられた手を、僕は両手でしっかり握った。


 動き出した僕の心に、追い風が吹きつけた瞬間だった。

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