ヒーローとゆかいな仲間たち ②




 つくば市某所。

 バス停から地図を頼りに、僕はとうとうそこへたどり着いた。


 小学校とコンビニと、民家が点在する他はひたすら畑が広がっている中に、忽然と真っ赤な建物が現れる。


 真っ赤に塗られた立方体が、でん、と鎮座しているのを、僕は唖然として見上げた。

 駐車場には、イバライガーと仲間たちの姿がラッピングされたイバライガーカーが、これまた、どん、と待機している。


 見落としようのない存在感。


 僕は心の中の秘密基地から、「秘密」の二文字をそっと消した。


(……うん、落ち着け、自分)


 僕としたことが、童心に返りすぎて、少々浮かれてしまっていたらしい。

 そうだとも。

 勝手に秘密基地のイメージを抱いてきてしまったのは僕だ。

 そもそもイバライガーは秘密じゃないし。

 基地の住所だって公開されてるし。


 いくらここが宇宙センターや高エネルギー加速器やロボット実験特区のある、科学技術最先端のつくばだからといって、SF映画に出てくるような基地が建ってるわけないじゃないか。

 さすがにそんなことを信じるほど、僕は子供じゃないぞ。


 ……いや、しかし、もしかすると……。


 この真っ赤な壁以外はよくある貸事務所のように見える建物は、実は地下で研究都市のあらゆる施設とつながっていて、イバライガーはそこからさまざまな最先端技術によるサポートを受けているとか、ジャーク反応を測定する特殊な設備があるとか、県内のあらゆる場所に瞬間移動できるマシーンがあるとか……。


(止まれ、妄想)


 深呼吸をする。

 僕は基地の探検にきた冒険心あふるる少年ではないのだ。

 就職の面接にきた成人男子なのだ。

 そう自分に言い聞かせて、ようやく僕は落ち着いた。


 基地の扉は閉まっていた。

 腕時計を確認すると、丁度、約束していた時間になったところだ。

 扉には、『関係者以外立ち入り禁止』と張り紙がしてある。

 そして、『ご用の方はこちらへ』と電話番号が書かれていた。


(どうしようか)


 事前に約束はしてあるけれど、このまま中に入っても構わないものだろうか。

 それとも、一度、この番号に電話をかけてみるのが礼儀だろうか。


 考えながら、何となく扉に手を伸ばしてみる。

 取っ手を引くと、扉は開いた。


「……ごめんくださーい」


 開いてしまったものはしょうがない。

 僕は中に向かって声をかけて、基地へと足を踏み入れた。


 中は静かで、人の姿は見えなかった。


 応接間と作業場を兼ねているのだろうか。

 入ってすぐにソファーとテーブル、壁際にはコレクションの詰まったショーケース、他にもいろいろ、ちょっと見ただけでは何か判別できないものが、雑然と集まっている。

 壁にかけられている、警察からの感謝状の数々もすごいが、僕は何より、正面にたたずむ“彼”に目が向いた。


 イバライガーが、立っていた。


 決めポーズをとって、イバライガーのスーツが飾られている。

 これは莉子りこちゃんが言うところの“初代様”だ。


 僕は惹きつけられて、すぐそばまで近づいてスーツを見つめた。


 特徴的な白い矢印のマークが入ったマスク。

 目の部分に当たるバイザーは、県の鳥のヒバリをかたどっているそうだ。

 スーツの上から胸部を覆う甲冑のパーツ、劇中で光るベルト、革の手袋とブーツ。

 どこを見てもしっかりした作りだ。

 造形にくわしくはないが、これだけ間近で観察しても粗が見えないというのは、すごい仕事なのだろう。


 こういうのを着てステージに立つ気分は、どんな感じがするんだろう。

 僕は無意識に、スーツに手を伸ばしていた。


 すると、


「ようこそ、私たちの基地へ」


 声がした。


 目の前から。


 ぎょっとして僕はのけぞる。

 目を見開いた先で、スーツが僕に向かって動いた。


「うわあぁっ!?」


 声を上げて、バランスを崩した僕はそのままソファーに尻餅をつく。

 勢いよく打ちつけた痛みもそっちのけで、僕はイバライガーが手をさしのべてくるのを凝視していた。


「大丈夫か?」


 イバライガーが落ち着いた声で言う。


 大丈夫じゃない。

 精神的に。


 そう思ったが、ばくばくと心拍数を上げる胸を押さえて、何とかうなずいて見せた。


「……だ、だいじょーぶ、です」

「すまない、驚かせてしまったな」


 さしのべられた手をつかむと、イバライガーを力強く僕を引いて立たせてくれた。

 きりっとした立ち姿をまじまじと見つめて、僕は心の中で叫ぶ。


(中に人が入ってたのか――!)


 醜態をさらした羞恥心で顔が真っ赤になっているのがわかる。

 これは来訪者への洗礼なのか、遊び心のある歓迎なのか、それともお茶目なドッキリなのか。

 まさかカメラでも仕掛けられてるのじゃあるまいな。

 僕は慌てて周りを見回してしまった。


「君が早川龍生はやかわたつきくんだな。

ボスから聞いている、私たちの仲間になりたいと」

「は、はい……」


 何事もなかったかのように言われて、僕は呆気に取られながらも答えた。


「メールで、連絡していて……あ、あの、この間のショー、見てました。

すごくかっこよかったです」

「そうか、どうもありがとう」


 しどろもどろな僕の言葉に、イバライガーはうなずいて言う。


「今、ボスを呼んでこよう。座って待っていてくれ」


 きびすを返し、奥の部屋へと続く扉の向こうへ去って行くイバライガーの後ろ姿を、僕は呆然と見送った。

 キャラを貫くその姿勢は、プロ意識の表れということなんだろうか。

 面接に来たたったひとりのために、そこまでするのは大袈裟に思うのだけど。


 まだ騒がしく動いている心臓の音を聞きながら、僕は言われた通りにソファーに腰を下ろして、待った。


 そして、しばらくして、イバライガーの去って行った部屋の方から、足音がやって来るのが聞こえてきた。

 僕は反射的に、ソファーから飛び上がるようにして直立した。

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