ヒーロー事務所は求人中 ⑥




「よかったねー、イバライガー。

今日もかっこよかった~」


 帰りのバスの中で、莉子りこちゃんは同じことをくり返している。

 陽太ようたくんは疲れてしまったのか、僕の肩に寄りかかってうとうとしていた。


 よかった、よかったとくり返している莉子ちゃんが、熱心に見つめているのは写真集だ。

 イバライガーの写真集である。


 ショーの後には、イバライガーとの握手、写真撮影会が行われた。

 これはショーの後の恒例イベントのようで、客席のファンがほぼそのまま行列を作った。

 莉子ちゃんと陽太くんも当然列に並び、僕も撮影係としてつき合った。


 僕は、昔のことを思い出していた。

 確かこういう握手会って、時間内に終わらせようとして、流れ作業みたいに進んでいく感じだったよなぁ。

 集まった人数が多いと、全員が握手できずに終了しちゃったりして。

 前後に伸びたファンの列を見回して、僕はこっそり心配していたのだが、それは全くの杞憂だった。


「イバライガーって、ファンサービスいいんだね」


 バスの揺れに身を任せながらそう言うと、莉子ちゃんはにっこりと笑った。


「イバライガーはファンとの交流を大切にしてくれてるもん。

かっこいいのはステージの上でだけじゃないんだよ」


 自慢げにいう莉子ちゃんの言葉に僕はうなずく。

 ファンのひとりひとりと丁寧に握手していたイバライガー。

 小さな子供を抱き上げて写真に写るイバライガー。

 ハグするファン、差し入れを手渡しするファンもいて、行列は少しずつしか進まないが、ファンはわかっているのか待っている間もみんな笑顔だった。

 ステージを降りたイバライガーとファンとの距離はとても近いのだ。


 そんなファンの列にやって来たのがイバライガーブラックだった。

 ブラックもまた、ファンひとりひとりと握手をしたり写真を撮ったりしていた。

 そのステージ上でのクールな姿とはまた違った気さくな様子に、僕はとても驚かされたのだった。

 陽太くんもブラックと握手をして感激していた。

 莉子ちゃんはすかさず件の写真集を取りだして、ブラックにサインをねだった。

 ブラックが大写りになったページに映えるように、白のマジックペンまで用意してきていたのだから周到だ。


 僕もちゃっかり握手してもらった。

 手袋越しの力強い感触に、また童心に引き戻される心地がした。


 暑い中、三十分にも及ぶショーを演じた後で。


「中の人も疲れてただろうにな……」


 僕のつぶやきに、莉子ちゃんが真顔になって言う。


「イバライガーに中の人はいません」

「え、いや、イバライガーのスーツアクターさんって」

「アクターさんとかいません。

イバライガーはイバライガーなの。

中の人とか、いないの」

「あ、はい……」


 そういうファンの間での決まり事とかあるのか?

 妙に真面目な様子に気圧されて僕は黙った。


 莉子ちゃんは再び写真集に視線を戻すと、うっとりとした眼差しでブラックのサインを見つめる。

 ここまで人を夢中にさせるヒーロー。

 たくさんの人を熱くさせるヒーロー。


 こんなヒーローに、僕も。


「……なりたかったんだよなぁ」

「え?」

「いや、僕も子供の頃はこういうの大好きで。

将来の夢は正義のヒーロー、とかって、大真面目に言ってた頃もあったな、と思い出してさ」

「なれるよ」

「莉子ちゃん?」

「叔父さん、今からだってヒーローになれるよ。

イバライガーと一緒に戦えるよ」

「いや、さすがに今からアクションの勉強するとか、無理かなぁ。

僕、そんなに運動得意じゃないし」

「そうじゃなくて。

叔父さん、スマホ出して。イバライガーのホームページ見て」


 言われるままに、僕はスマホを取り出した。

 そして莉子ちゃんの言う通りに、イバライガーのホームページを検索する。

 トップページに出動予定、活動案内と並んでいるところに、運営団体の項目があった。


茨城元気計画いばらきげんきけいかく?」

「そう。イバライガーの活動の運営をしているのが、その茨城元気計画っていう団体なの。

叔父さん、そこよく読んでみて」


 莉子ちゃんがスマホの画面を指さしてみせる。


「……『随時メンバー募集中! 熱い気持ちを持って一緒に活動してくれるヒーロー求む!』……」

「ね、叔父さん! 叔父さんもヒーローになろうよ!」


 莉子ちゃんの強い言葉に、僕に心臓にかっと炎が燃え立った。

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