ヒーロー事務所は求人中 ⑤




 ともあれ、寄り道しつつも無事に僕らは、ステージショーの会場にたどり着くことができた。

 スピーカーから大音量でテーマ曲の流れているステージ前の客席は、莉子りこちゃんの危惧した通り、すでにほとんど埋まってしまっているように見える。


「こっち! こっちの席三つあいてる!」


 すかさず莉子ちゃんが三人分の席を確保して、ようやくほっと落ち着けることができた。

 丁度、客席の真ん中くらい、ステージが正面から見られる場所だ。


 落ち着いてみて、僕は改めて客席の様子を見渡す。

 開演十分前、客席だけでざっと六十人以上は集まっているだろうか。

 そして、その客席の後ろに、立ち見でショーの開始を待っている人たちもいる。

 小さな子供を連れた家族客が多いようだが、大人だけのグループ、一人で見に来ているらしいお客さんもいる。


「イバライガーってこんなに需要あったのか……」


 思わずつぶやいてしまった独り言を、莉子ちゃんが耳ざとく聞きとがめる。


「叔父さん、失礼すぎ」

「いや、イバライガーは知ってはいたけど、こんなに人気なんだとは知らなかったから、つい」


 にらまれて、僕はかき氷の山を突き崩して気まずさをごまかした。

 呆れた声で莉子ちゃんが、


「イバライガー、すっごい人気だよ。

毎回、ショーのときは客席いっぱいにファンが来るもん」

「へえ……僕、ショー見るの初めてだからなぁ」


 このつぶやきには、莉子ちゃんだけでなく陽太ようたくんまで、信じられないものを見る目を僕に向けた。


「叔父さん、イバライガーのショー見たことないの?」

「うん、ない……」

「茨城県民のくせに!」

「くせにって……」

「茨城在住のくせに!」


 まるで、人非人にんぴにんとでもいわんばかりの批難のされようだ。


「じゃあ、叔父さん、イバライガーのキャラとか全然わかんないんじゃない?」

「キャラ、そんなにいっぱいいるの? 主役はイバライガーでしょ?」

「うん、赤いスーツのね。初代様」

「初代……“様”?」

「初代様は一度ジャーク四天王との戦いで壊れちゃうの。

あ、ジャークっていうのがイバライガーの敵役ね。

四天王はショーではまだ二人しか出てきてないけど、ダマクラカスンとルメージョ。

そのダマクラカスンとの戦いで初代様が一時退場しちゃって、代わって登場したのがイバライガーアール

初代様とそっくりだけど、ブースターにRのマークが入ってるのが目印。

で、仲間の女性型ヒューマロイドのイバガール。

ピンチになると必ず登場するのがイバライガーブラック。

他にも、イバライガーのバックアップユニットで子供型のミニライガーたち、ブルー、イエロー、グリーンと、ミニR、ミニガール、ミニブラ。

後はレアキャラの――」

「待って待って待って」


 僕は慌てて莉子ちゃんの長広舌をさえぎった。


「莉子ちゃん、そんなに一気に説明されても追いつけない」

「えー、まだジャーク怪人と戦闘員の説明してないのに」

「これ以上まだなんかいるの!?」


 とりあえず、キャラクターがとんでもなくたくさんいるということは理解した。


「じゃあ、叔父さんは帰ったら、動画で過去のショーを勉強しておくこと。

イバライガーチャンネルってあるから。

全部見ればキャラもストーリーもわかるから」

「全部……」

「あと、小説も出てるよ。

世界観の勉強するなら、その公認小説もいいと思う。電子書籍で読めるから」


 なぜか宿題を課せられてしまった。


 ふと、スピーカーの音楽が変わった。


「始まる!」


 莉子ちゃんと陽太くんがさっとステージに向き直る。

 二人にならって、僕もステージに視線を向けた。


 ポップな音楽に乗って、ステージにマイクを持ったお姉さんが登場した。

 オレンジ色のTシャツにショートパンツという活動的な出で立ちでステージに立った司会のお姉さんは、はつらつとした笑顔を客席の僕たちに向けて言う。


「皆さん、お待たせいたしました! 

まずは元気な声でごあいさつ、いってみましょう。

みんな、こんにちはー!」

「「こんにちはー!」」


 ひときわ大きいあいさつの二重奏に、僕はぎょっとして隣を見やった。

 莉子ちゃんはわかる。

 だが、普段大人しくて、僕に対してすら控えめにしか話さない陽太くんが、ステージに向かって声を出している。

 陽太くんがこんなに大きな声を出しているのは初めて聞いた。


 司会のお姉さんの明るいあいさつに、客席からも元気なあいさつが返ってくる。

 その気持ちのいいレスポンスのよさにも、僕は少なからず驚いた。


 そうして始まったショーは、お姉さんのよどみない司会によって進行していく。

 時空戦士イバライガーについての紹介、ショーの間の注意事項の説明、そしていよいよイバライガー登場、かと思いきや、ステージに乱入してくるジャークたち。

 テンポよく進んでいくショーに、僕もいつの間にか感心しながら見入っていた。


 お姉さんが客席に向かって呼びかける。


「みんな、イバライガーを呼ぶよ! せーの!」

「「イーバライガー!!」」


 客席が一体となったかのような声が、大きく会場を震わせる。

 そして。


「そこまでだ、ジャーク! 貴様たちの好きにはさせんぞ!」


 客席からの声に応えて、凛々しいかけ声と共にとうとう“彼”が現れた。


「時空戦士! イバライガー!」


 赤と白が鮮やかなヒーロースーツのイバライガー。

 ステージ上に現れ、台詞と共にポーズを決めたその姿に、僕は思わず、おっ、と思った。

 これは。


(かっこいい……)


 切れのあるポージング、スピード感のあるアクション。

 だれることなく進行していくテンポのよさ、緊張感。

 そのステージで、マスクのバイザーを光らせながら活躍する、イバライガーの造形のかっこよさ。


 こういうのが好きだった。


 僕の頭の中には、子供の頃好きだったヒーローたちの姿がよみがえっていた。

 その頃の気持ちも。

 理由なんてなかった。

 ただかっこよくて、あこがれていて、どうしようもなく夢中になってしまうくらい、好きだった。


 ステージの上でイバライガーが戦っている。

 ジャークの卑劣な作戦でピンチに陥るイバライガー。

 打ちのめされ、膝をつく姿に、僕は強く拳を握りしめた。


 お姉さんの必死な声が響く。


「みんな! 今こそイバライガーの名前を呼んで! 大きな声で応援しよう! 

せーのっ!」


 子どもたちの声が響き渡る。

 きっとここにいるのが子供の頃の僕だったら、みんなと一緒になってイバライガーの名前を呼んでいた。


 みんなの声援の力を借りて、イバライガーは立ち上がる。

 うろたえるジャークたちを次々に打ち倒していく。

 決め技が炸裂する。


 その瞬間、僕は思わず、みんなと一緒になってステージのイバライガーへ拍手を送っていた。

 隣りに座った莉子ちゃんと陽太くんがそうしているから、じゃなく。

 つき合いでも義理でもなく、自然と体がそうしていた。


 かっこいい。

 子供の頃あこがれていたヒーローが、僕のなりたかったヒーローが、今目の前にいる。

 そう、僕は感じていた。


 時間の経つのはあっという間だった。

 ショーの終了を知らせるお姉さんの声を聞きながら、僕は思いがけない興奮にぼんやりとしながら、足元にふと視線を向けた。

 無意識に足元に置きっ放しにしていたかき氷は、ほとんど口をつけないまま溶けてしまっていた。

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