ヒーロー事務所は求人中 ④
「叔父さん、こっち! 早く!」
人波の向こうから
つくばフェスティバル当日である。
最寄り駅からバスに揺られて到着した、つくば駅前の広いバスターミナルがもうフェスティバル会場の入口だ。
会場に到着してまず、思いの外、人出が多いことに面食らった。
大学のゼミや研究所が主催している物作り体験コーナーや、世界各国の郷土料理が味わえる出店、工芸品や伝統文化を紹介するテント。
立ち並ぶ出展の多さ、物珍しさについ目移りしてしまう。
加えて、今日もまぶしいくらいの五月晴れ。
夏日の予報が出ている通り、じりじりと気温が上昇していくのがわかる。
人波にもまれ、出店に目移りし、暑さのせいで注意が散漫になっていた僕らは、気づけば目指す場所を見失っていた。
有り体に言えば、迷子だ。
「陽太くん、疲れてない? 何か飲み物でも買おうか?」
僕は、手を引かれるままに大人しく歩いている甥っ子に声をかける。
陽太くんははにかんだ笑みを浮かべて、大丈夫、とでもいうように首を振った。
いつでも誰にでも快活な姉と反対に、弟の陽太くんはとても内気で物静かな子だ。
「こんな日に外歩いてたら熱中症になるよなぁ。
あ、あのテント、トルコアイス売ってる。
おいしそうだね、買ってみようか?」
「二人とも遅い~!」
僕がまたうっかり寄り道しそうになるのを、駆けつけた莉子ちゃんの焦れた声が制止した。
「叔父さん、アイス買ってる時間なんてないよ。
もうすぐショー始まっちゃうんだから!」
「え、でも、ショーの時間って十二時半でしょ」
僕は腕時計を確認する。
まだ時間は十二時を少し過ぎたばかりだ。
「ダメだよ! 早く行かないといい席なくなっちゃう!
ステージの広場、もうこの通りをずーっと行って、ちょっと曲がって行ったところの目の前だから、早く!」
「その道案内じゃわかんないよ、莉子ちゃん」
「わかるから! 私がわかってるからついてきてくれれば大丈夫だから!
早く!」
「あ、あっちはソフトクリームとかき氷もあるなぁ。
陽太くん、やっぱりかき氷買おうか?」
「お~じ~さ~ん」
「莉子ちゃん、今日暑いから、ステージ見てる間に熱中症にならないように、冷たいもの買っていった方がいいよ」
僕はつとめて冷静に言ってやる。
今の莉子ちゃんのテンションだと、ショーが始まったらあっという間に頭が沸騰して倒れてしまうじゃなかろうかと心配になる。
熱い溜息を吐き出して、一瞬冷静さを取り戻した莉子ちゃんがうなずいた。
「わかった。じゃあ、かき氷買おう。すぐ買っていこう」
「OK。
陽太くん、シロップどれがいい?
イチゴとレモンと、ブルーハワイとメロン……へえ、ミックスなんてのもあるよ。
全部かけレインボーとかすごいね。
いっぱいあると迷うねー。どれにしようか?」
「どれでも一緒だから! 色違うだけで味は一緒だから!
早く!」
火を噴くような莉子ちゃんの叫びがフェスティバル会場にとどろいた。
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