ヒーロー事務所は求人中 ②

   * * *


「呼ばれて見参! ジャスティスマーン! とおっ!」


 大袈裟なかけ声と共にステージに飛び出したヒーローに、客席の子供たちから歓声が上がる。

 てんで勝手に声を上げてははしゃいでいる子供たちの様子を、僕は最後列にたたずんでぼんやりと観察していた。


(今はこういうのが流行ってるのかなぁ)


 特撮ものなのか漫画なのかは知らないが、低年齢層向けのキャラクターらしいことはわかった。

 客席に集まっているのは、小学校に上がるか上がらないかくらいのちびっ子ばかりだ。

 そのちびっ子たちが、顔をすっぽりとマスクで覆い、真っ赤なマントをなびかせてステージに立つヒーローに釘づけになっている。


 たまたま、住処にしているアパートから徒歩圏内のこのショッピングモールに買い物に来ていたところだった。

 土曜日とはいえ、やけに駐車場に人が集まっていると思って見てみると、ヒーローショーのための特設ステージが設営されているのだった。

 特別興味があったわけではないが、買い物以外に用事もなく、時間を持てあまして困っていたところだったので、ひまつぶしと思って足を止めたのだ。

 たまの休日、こうして無目的な時間を過ごすのも悪くはないだろう。


(……まあ、今の僕に休日も何もないんだけど)


 心中での独り言に独り言でツッコんで、僕はこみ上げてきたむなしさを溜息にして吐き出した。


 故あって、現在僕は失業中だ。

 そのため、二十八歳にして人生二度目の就職活動に奔走……しているわけではなく、だらだらと何となく毎日をやり過ごしている。


 ステージの上では、真っ赤なヒーローが、対峙する半魚人のような着ぐるみの悪役に向かって「悪いことをするのはやめるんだ」とか何とか言っている。

 悪いことをするから悪役なんだろうに、というツッコミを、僕は買ったばかりのミネラルウォーターと一緒に呑み込んだ。

 万緑の五月、すでに気温は夏めいてきていて、快晴の下にいると立っているだけで軽く汗ばむ。


(中の人は大変だろうな……)


 僕はステージ上で大きな身振りを交えながら悪役を説得しようとしているヒーローに同情した。

 それが仕事ではあるのだけれど、全身をヒーロースーツで固めて、屋外のステージを動き回るアクターの労力は大変なものだろう。

 この暑い中、ご苦労さまなことだ。


 と、冷えたミネラルウォーターを飲みながら眺めているうち、ステージ上では、説得を無視した悪役とヒーローとの戦闘が始まった。

 かけ声を上げながらの大袈裟なアクションに、子供たちからも興奮した声援がステージに飛ぶ。

 僕の目はステージではなく、小さな体から必死になって声を上げ、中には立ち上がって拳を振り上げてヒーローを応援する子供たちに向いていた。

 ステージでの展開が盛り上がり、子供たちの熱気が高まっていくのに反比例して、僕の気分は冷めていく。


(よくこんなものに夢中になれるよなぁ)


 冷めたつぶやきを僕はこっそり笑った。

 僕も子供の頃は、に我を忘れて夢中になっていたはずなのに。

 今となっては、なぜ夢中になっていたのか、その理由も思い出せない。


 ふと、僕の目が客席の一画に留まる。


 客席のすみっこ、並んで座っている子供がいる。

 たぶん、兄弟なのだろう、今にもステージに飛び出していきそうになっている小さい子を、大きい方の子が服の裾をつかんで抑えている。

 お兄さんらしく、お行儀よく座っているその子の表情に気づいて、ああ、と思った。

 

 熱心にステージを見つめているかと思ったその目は、しかし冷めていた。


(あの子はもう気づいてしまっているんだな……)


 失望のような、あきらめのような、その表情。

 他の子たちよりも少しばかり早く、あの子は大人の階段を一段上ってしまっている。

 ステージで戦うヒーローが本物でないことに気づいている。

 気づいていて、しかし黙って弟につき合ってあげている。

 何にも気づかず夢中になっている弟と、気づいてしまった兄。

 兄弟の様子は、それぞれがそのまま昔の僕の姿だった。


「必殺! ジャスティス・アターック!」

「ぐはああああぁっ!」


 ヒーローの必殺技が炸裂し、盛大な悲鳴を上げながら悪役が退場していく。

 ステージの真ん中で決めポーズをとるヒーローに、子供たちから大きな拍手が送られた。

 件の兄弟も、小さな手を精一杯動かして拍手している。

 満面の笑みを浮かべている弟と、周りに合わせてお義理で拍手をしている兄。


(現実にくじけず、強く生きろよ、少年)


 対照的な兄弟に、心の中でおせっかいなエールを送ると、僕はショッピングモールの喧噪けんそうに背を向けた。

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