ヒーローに中の人はいません!

宮条 優樹

エピソード1「ヒーロー事務所は求人中」

ヒーロー事務所は求人中 ①




 子供の頃はヒーローが大好きだった。


 土曜日の夕方からやっていた巨大ロボットアニメ。

 友達と遊ぶのにどれだけ夢中になっていても、土曜日だけはさっさと切り上げて家に帰り、テレビのチャンネル権を確保していた。


 日曜日の午前中にやっていた特撮ヒーローの番組。

 学校に行くのはギリギリまで寝ているくせに、日曜日だけは家族の誰よりも早く起き出して、放送時間のずっと前からテレビの前に陣取っていた。


 一番好きだったのは、戦隊もので、必ずリーダーで主人公のレッドだった。

 友達とごっこ遊びをするときは、絶対にレッドの役を譲らなかった。

 親にさんざんねだっておもちゃの変身ベルトを買ってもらった。

 録画を何度も見返して、変身シーンや必殺技の決めポーズを研究した。

 そうして研鑽けんさんを積んだ成果を、同級生を引き連れて、そのリーダーとして完全にレッドになりきって披露する瞬間は何よりの快感だった。


 ちゃちな作りのフィギュアを集めるのにも熱中した。

 集めたフィギュアでお気に入りの戦闘シーンを再現する。

 そんな遊びに夢中になって、一人で何時間も過ごしていても平気だった。


 そして、その大好きなヒーローに会えるショーは夢のようなイベントだった。

 いつもはテレビでしか見られないヒーロー、その悪役と戦うかっこいい姿が目の前で見られる。

 本物のヒーローと握手ができる。

 地元のデパートでショーがあると聞くと、他のことはそっちのけで必ずショーに連れて行ってもらっていた。

 そうするとその日一日は興奮しっぱなしで、ヒーローがいかにかっこよかったかを際限なく暑苦しくまくし立てては、母親を毎度うんざりさせていたのだった。


 男の子なら、程度の差こそあれ、誰しも覚えがあることだろう。

 子供時代には当たり前だったこと。

 ヒーローは特別で、最高のあこがれ


 そして、そのことが過去形で語られるのも当たり前のことだ。


 いつしか僕らは知らされるのだ。

 あるいは劇的なきっかけによって、あるいはぼんやりとした気づきによって。


 テレビの中のヒーローは、僕らと同じ世界には生きていないということ。

 彼らは役者で、超人でも何でもない、普通の人間だということ。

 スーツの中身は別人だということ。

 悪役との手に汗握る戦いも、現実には起こらないということ。

 どんなにピンチになっても最後にヒーローが必ず勝つのは、そういう台本になっているからだということ。


 ヒーローは非日常の存在だということ。

 それは、日常にはあり得ないからこその非日常なのだということ。


 そういうことを、僕らは知らされていく。

 たとえば、サンタクロースの正体が父親だと知るように。

 あるときから、僕らは子供時代の熱を捨て去って、身も心も冷めていく。

 それが大人になるということなんだと、誰に言い聞かされるわけでもなく、察する。


 そう気づいた瞬間、目の前の無敵のスーツが、ただの薄っぺらいコスプレに見えた。


 そして、僕はヒーローから遠ざかってしまった。

 けど、それが当たり前のことなんだ。


 子供の頃の夢。

 大人になったらヒーローになりたい。

 だけど、大人になるほどに、ヒーローになんかなれないことを知る。


 本物のヒーローなんて、この世界に存在しない。


 “僕”こと、早川龍生はやかわたつきは、大人になった今、すっかり冷めきった頭でそう思い込んでいた。


 “彼”に出会うまでは――。


   * * *

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