魔法使いを始めて200年、スローライフは唐突に終わりました
@hakuya4683
第1話 平穏の終わりの予感
「私をここに置いてください!」
森に住む魔法使いユリカ・アイミールは今日も一日平和な日々を送るはずだった。
時間はきっと日を跨いだぐらいだろうか。
今日も安らかに一日を終えようと思っていたのに何故私は今私と体格が同じ、いや、少し幼い位の肩まで伸びている銀髪の女の子に土下座されながらこんな事を言われているのでしょうか?
森の中にあるちょっとした草原に建っているログハウスにいる人影は二人。
それはこの家の主こと魔法使いのユリカ・アイミールと彼女の目の前で模範にしたいほど綺麗な土下座をしている少女だった。
「あ、あの…まずどちら様ですか?あと何故こんな時間にわざわざ?最後に置いてくれとは?」
ユリカは突然の事で脳が追い付いていないのか一度に何度も質問を投げかける。
ユリカの表情は笑顔でも怒りでも悲しみでもない、わけがわからないと言った顔だ。
当然だ。これから寝ようと思っていたらいきなり知らない女の子が玄関で土下座をしてここに置いてくれなんて言うのだ。私が男の人だったら事案かもしれない。
ユリカが質問をすると、少女は土下座の姿勢から上半身を上げ正座の姿勢になる。なんて礼儀正しいのでしょうか。感心してしまいます。
いや、待ってください。そんなことに関心を寄せている場合じゃありません。そもそもなぜこんなことになっているのかを思い出してみましょう。
人々が賑わう水が豊かな街から少し歩いたところにある迷いの森には200年ほど森に住む魔法使い、ユリカアイミールが生活している。
森の中心には湖が広がっておりその近くには森の主だと言わんばかりの大樹が生えている。
春が終わりを告げ緑がかった大樹の下には一軒のログハウスが建っている。
ログハウスは2階建てになっておりベランダやウッドデッキなど1人で暮らすには申し分ないほど豪華だ。
ログハウスの近くの草原は耕されており作物がいくつか植えられている。
そんな神秘的な自然あふれる空間のなかログハウスの中で先ほどまでベットで寝息を立てていた魔法使いが一人。
私は朝日の出と共に目が覚めました。健康的で素晴らしいの一言に尽きますね。
カーテンを限界まで開き朝日を浴びた後にやることと言ったらやはり起きたらやることは顔を洗うことでしょう。寝ぐせとか酷いですからね。
ユリカは目が覚め布団から起き上がるとまっすぐと洗面所に向かう。
洗面所は割と清掃されていて特に目立つ汚れがない木製のものだ。
水は近くの天然水が湧く場所から直接引っ張っているので節約することなくたくさん使えるのはいいものです。
冬になると凍ってしまうので炎の魔法で融かしてからじゃないと使えないのが手間だが暮らす分には問題ないだろう。
洗面所の前に立ち、鏡に映るぼさぼさの金色の髪は腰まで伸びており、寝起きで乾いた瑠璃色の瞳は半開きで鏡を見つめる。
酷い有様の髪を水で濡らしブラシで整えていく。
何度も何度も解かれていく髪は真っすぐ伸ばされていくと宝石のような輝きを放っていく。
朝日が綺麗に反射しているからなんだろうが相変わらず眩しいですね。
ユリカは瞳を細めて光を遮った。寝起きの脳みそには刺激が強い。
髪を乾かす際には炎と風の魔法を組み合わせて熱風を作り金色の髪を揺らしていく。
こういう時魔法は便利だ。覚えるのにはそれなりに苦労したが今はやっておいて良かったと心から思っている。お疲れ、昔の私、今の私は凄く楽をさせてもらっています。
顔を洗い髪を整えたらすっかり目が覚めてしまった。
頭が冴えてきたのを実感しながらキッチンの前に移動をする。
ユリカはキッチンの近くの壁にかけてあるエプロンを手に取り慣れた手つきで着ていく。
次に細長い木の箱のようなものを取っ手を掴みゆっくりと開く。
中にはいくつか食材が入っており野菜たちや麦の香りと共に冷気が中からあふれ出してくる。
簡易的なつくりだが中は棚になっており4段に区切られていてそれぞれの段には食材が置かれている。
天井に貼られている氷魔法の術式が編まれた札により冷凍保存できるという仕組みだ。
そこからいくつか食材を手に取り鼻歌を歌いながら調理を始める。
もちろん火は自分で出す。薪とか用意するの大変ですから。
水に関しては生活でよく使うので自然から少し拝借しますがね。
料理で出来たものはトースターとサラダ、そしてスクランブルエッグにココアと次々机の上に置かれていく。
程よく焼けた麦の香ばしい香りがするトースターには自家製のイチゴジャムを、とろっとろの絶妙な焼き加減のスクランブルエッグには自家製のケチャップをかけていく。
完成だ。朝食にしては割と豪華なラインナップだ。今日も絶好調である。
朝食は一日の始まり、平和な静かな日々を送るためには必要なものなのです。
ユリカは椅子を料理が置かれている机の前まで移動させて腰を下ろす。
両手を合わせていただきますをしてからすぐに料理に手を付ける。
うん、美味しい。どれも自分で作ったにしては上出来です。
もちろん街のパン屋さんやレストランには劣りますが家庭で出すとしたら十分な出来だ。
味の感想を述べてしまったら結構時間がかかりそうなので美味しいというシンプルな言葉だけ残しておきましょう。
こんな静かな空間で鳥の囀りや風により靡いていく草木の音色、気持ちの良い太陽に照らされながら、私は淡々と今日の仕事をこなしていく。
仕事といっても暮らすために必要な農業や商売として扱う薬調合、あとは掃除だ。うん、これはかかせない。気持ちのいい部屋じゃないと気持ちのいい作業は出来ませんから。
あとは趣味の読書などをして夕食を済ませて日記を書き、申し分ない一日を終えようと日記を閉じて電気を消してベットに向かおうとしたらノックが聞こえた。
……こんな夜中に来客でしょうか?
ノックの音が聞こえた時に誰だろうかと疑問を頭に浮かべながらもベットに向かっていた脚を扉に向き直し玄関に歩いていく。
扉は木製の不透明なガラスの窓がついている落ち着いた色合いの扉だ。
扉の前には明かりは消していたが月明りに照らされて人影がこちらに向かって伸びている。体格は私よりも小さいだろうか、全体的に小柄な印象を受ける。
ユリカがいるのとは反対側の扉には鉄製の銀色の装飾が施されたノッカーがあるのでそれで私が扉に向かう最中も何度か扉を叩く音が聞こえた。
「あのー、夜遅くにごめんくださーい!ユリカ・アイミールさんいますかー?」
扉の向こうから声が響き渡る。
少し高めで幼さが残る女の子の声だ。
夜中とはいえ薬制作に携わっているので急に発熱した子どものために親の方がわざわざ訪れることはあったので珍しいことではあるが今回もその類だろうと思って軽い返事をして扉を開ける。
「はいはーい、いますよ。どなたですか?」
そして今に至る。
「はい!私、レミル・カルトレッドと申します!こんな夜遅いのは実は道に迷ってしまいまして……ユリカさんの家を探すのに手間取ってしまったからです。最後はそのままの意味です。一緒に生活してほしいです!」
私の穏やかな一時を妨害する原因となりうる少女…もとい、レミルは恥ずかしながらも紅色の瞳で私を見つめて微笑んで答える。
なるほど…事情はわかりました。つまりあれですね、この子が言いたいのは…。
私の弟子になりたい。と言う事でしょう。
……。
………。
…………。
ちょっと何言ってるのかわからない。
何故私なのか?まずはそこですよ。
確かに私は魔法使いとして200年ほど生きていますよ。
ベテランと言われたらベテランなのでしょうが、強いかと言われたらそうでもないかと思います。
おそらく本で読んだ全ての魔法は使えるでしょうが魔力が足りないために何度も使えませんし、本体のこ
の体も農業をする程度の力しか備わっていません。いえ、それくらいでしたら日常生活は困らないので別にひ弱と言うわけでは無いのでしょうか。
確かに薬なども調合しています。
この薬で私の人生4桁以上の人々の命を救った気もしますが、それは生活費を稼ぐためについて来た結果のようなものですし長生きしているからに違いありません。
あとやっていると言ったら自給自足の生活のための農業や趣味の読書と料理位ですがこの子は何を求めているのでしょう。
「えっと……悪いけど私、その……弟子とか取ってないの……ごめんなさい」
うん、断らないと。むしろこれ以外の選択肢がありますか?いや、無いです。私の平穏な日常に異質な何かが混入しようとしているのです。受け入れる方がどうかしているとしか思えません。
ユリカは心にも思っていもいない申し訳なさそうな表情を浮かべながらレミルの頼みを断る。
「そこを何とかお願いします!家も捨ててきたんです!」
レミルは私の申し訳なさそうな表情を浮かべた仮面が見えていないかのように更に力強く頼み込んでくる。
あ、これ面倒くさい奴ですね。間違いありません、私が押されてしまいます。
しかし、この子の熱意溢れる眼差しと身勝手な私に関係のない理由で承諾してしまっていいのでしょうか?
約200年も守り続けてきた生活リズムを狂わされてもいいのでしょうか?
答えは決まっています。
ノーです、ノー、断じてノーです!
何故3分ほど前に出会った少女の願いを聞いてあげて、私のこれからの人生の流れを変えなければいけないのでしょうか?
私は静かにお茶と本を嗜んで生きていくのです。
あ、でも今朝はココアでしたが気にしないでおきましょう。
これは間違いなくユリカ・アイミールの人生の危機です。
こんな幼い少女が人生の危機の源となるなんて人生何があるか分からないものですね。
「そう言われても、こっちにはこっちの都合がありますからいきなりそう言われても困ります」
ここはなんとか、イメージを悪くしないようにオブラートに包みながら丁重に断らなければ。
「うぅ……確かにそうですね。師匠の事情も全く考えず突拍子も無い事を言ってしまいました。ごめんなさい」
レミルは正座していた脚を崩し、膝あたりの埃を払いながら立ち上がる。
いや、待って。あなた自然に師匠って言いました?
まるで私とあなたが既に師弟関係にあるかのような言い方しませんでした!?
一体何なんですかこの子は、このままだと間違いなくこの子のペースに飲まれてしまいます。
「私あなたの師匠になったつもりは微塵もないんですが…」
この子が何と言おうとこれは事実だし曲げるつもりも全くない。
「あ、失礼しました。つい口が滑ってしまいました」
レミルはクスッと絶対申し訳ないと思っていないに違いない笑いをこぼす。
「はぁ…、そんな顔されてもダメなものはダメです」
「えぇ!?そんなこと言わないでくださいよ師匠!」
「私師匠じゃないわよ!」
「そこを何とかしてください!お父さんにどんな顔して帰ったら良いんですか!?」
レミルは手を合わせて懇願してくる。
はっきり言おう。どうでもいい。
私の言い分は最もだと多くの人々は言ってくれるに違いない。
いや、待て、でもこの子はさきほど私がいつも世話になっている街の住民だと言っていたはずだ。
顔見知りどころではない付き合いのある街だ。街の人々は私のことを森の魔女様だとか賢者だとか衰えない魔法使いだとか守り人だとか様々な呼び方をしている。
最初は少し不気味がられていたがこちらから交流をとり善行を続けて百数年の結果友好的な関係を築き上げてきたのだ。
しかし、そこでこの子を自分の都合で力づくで追い出したらどうなるだろうか?
全面的にこの少女が悪いんだろうけど世間の目は怖い。何があるかわからないです。
それならばこの子も納得してくれるように説得するしかありませんね。
「……コホン。ふむ…家を捨てるほどの覚悟で来ましたか…」
咳ばらいを一つ。威厳のある魔法使いを演じるために声を少し張り上げ感情をこめて言葉を紡ぐ。
「はい!」
それに続いてレミルも綺麗な正座を保って面接を受けているかのようなハキハキとした大きな声で返事をする。
「その覚悟素晴らしいものです。とても感心いたしました」
「ありがとうございます!」
「ですが私もまだ修行の身。あなたのような輝かしい未来があるような方に教えを乞うような存在ではありません」
「そんなことはありません!師匠の魔法を初めて目にした時、師匠が作られた薬を飲んだ方の笑顔を見た時に確信いたしました!私もあなたみたいに自分の力を他人のために使うような人になりたいと!あなたの元で己を鍛えたら私もあなたみたいになれると思うんです!」
理由が素晴らしい。真面目過ぎる。心に響いた。
いけない、思わず首を縦に振るところでした。
そんな心に響く言葉を耳で聞き届けながらも動揺せずに振る舞うのです。
「…素晴らしい理由ですね。心に響きました。あなたなら立派な魔法使いや薬剤師になれることでしょう」
「でしたら!」
「はい、私にゲームで勝ったら弟子にしてあげましょう」
「……へ?」
レミルからすごく間抜けな声が漏れる。
「だからゲームですよ。それで私に勝ったらあなたを一人前まで育てましょう」
これが現在私が考え得る中で一番の得策だろう。
ゲームという条件をつけることで相手も負けた場合は納得してくれるに違いない。
私にデメリットがない素晴らしい案だ。
最後は簡単だ。私が勝てばこの話は終わりです。
そう思っていた時期が私にもあったことを心から恨みたい。
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