慕情、今は亡き

第77話 日は傾き、山の端は朱色に染まりはじめている。

 ゲオルグ達との密談も終わり、ノリトはバラ園脇に設置したハウスユニットへと戻ってきていた。


 時刻は昼をとうに過ぎており、既に夕刻へ差し掛かっていた。

日は傾き、山の端は朱色に染まりはじめている。

間も無く夜が訪れようとしていた。


 密談の最中、軽食らしき物も供されたのだが、ノリトの身体は人の様に食事を三度摂る必要は無かった。

しかし、提供された料理の味など、この世界の味覚を確認する目的で摘む程度には頂いてはいた。

ノリトの場合は、少しの量を摂取すれば良く、それ程の量を必要とはしない。

それに、二ヶ月程度なら食事等を摂取する必要も無いのだった。

その殆どを、大気中に漂う魔導マナから、生命活動に必要なエネルギーを抽出錬成して補充しているからだ。 

だが、美味しい食事を摂ると言う欲求は当然ある。 

また、人と同様の味覚も備えており食事を採ることも珍しくは無かった。 


この世界の食事はノリトの予想通り、薄い味付けの物が多い様だ。

但し、料理に使う香辛料などは地球の物と変わらぬようだが、その種類は想像よりも少ないのかも知れない。

想像でしかないのだが、王族に供される食事と言う事で、数多くの香辛料が使われていた可能性もあるのだから。

その辺は、後日「市井しせいに出た時にでも確認する事にしよう 」 と、ノリトは思うのだった。


 男であるノリトが、食事や料理に拘るのは明確な理由があった。

自分の趣味と言う事もその理由の一端ではあるのだが、その大部分は部隊の隊員達のためと言う意味合いが強い。

ノリト達の部隊は、一度ひとたび出撃すれば、数日から数ヶ月に及ぶ長期間の作戦行動も多く、その間の食事の質の向上は部隊の士気を維持するためにも必要だったのだ。

 

ノリト達は、最前線に投入される部隊と言う事から、常に敵の動向に注視し緊張を維持せざる得ない日々に曝される。

如何に精強な兵士といえども、精神は少しづつ削られ徐々に疲弊してゆく。

気を紛らわせるための娯楽などが殆ど無い戦場では、唯一の楽しみが食事となる事が多いのは事実だ。

各種ハウスユニットを後方へ配置する事で、有る程度の娯楽は提供出来たのだが、やはり食事と言うのは大事であった。


騎士ノリトよ! 

先人はよく言ったものだ、将を得んがためには、馬を射る前に、先ずは胃袋を掴めと! 』

そんな出任せの言葉をよく口にし、料理を教えてくれた女性を想う…… 


「いかんな、感傷的になっている場合では無いんだが…… 」

ノリトは、レオンとエレノアの最後に、感情が引き摺られていた。

かぶりを振って気分を切り替える。

そんな様子を見守る視線には気付かぬふりをし、夕食の準備をしようとキッチンへと移動した。


「ヤッパリ重ねてしまったみたいね……

それも仕方が無いわよねぇ 」

物陰で、ミオが溜息をついた。


 ◇    ◇    ◇    ◇


 地球を襲った未曾有の災害。

異界からの来訪者…… 

人々は後に「異界の妖魔」と呼び恐れた。


 地球の人々は異界からの来訪者に対して、初期段階では大して脅威と感じてはいなかった。

そう言った、一方的な思い込みや、自惚れと欲望によって、その問題の収束に二十数年という長い時間を費やす結果と為ったのだ。

そもそも、初期判断が間違っていたのが理由の大部分であったのだが、どの国もそれを認めようとはしない。


それは、突如として起こった。

世界群発地震を端に発した未曾有の大災害。


突如発現したゲートは5ヶ所あった。

そのゲートには未知が有った。

その先には未来が有ると、欲望が囁いた……

しかし、その深淵には未知の生物がいた……

その姿に惑わされ、その生物の本質を見誤った国々。 

矮小で歪な子供の様な姿に、知性など欠片も感じさせぬ振る舞いに、どの国の研究者達もそのモノを侮った・・・のだった。


穴の底より這い出て来たモノ達、その姿は人のそれとはかけ離れ歪だった。

そのモノ達は薄い青黒い色の肌をもち、その顔には大きく見開いた二つのまなこがギョロリと見開かれ、其の瞳孔は人のものとは違い、爬虫類の様な縦長である。闇夜で見るそれは、深海で睨む鮫の如く不気味であった。

頭部は人と比較しても大きく、額は少し出っ張り気味であった。その頭部に毛髪は無い。


鼻は小さく潰れ気味にチョコンとあり、逆に口は大きく切れ上がり、口腔には犬歯の様な二対の牙が覗き見えていた。

耳は細長く尖っており、まるでお伽噺のエルフや悪魔の様にも見える。

背丈は1メートル50センチ位で痩せており、脚に比べ前腕部が長かった。

痩せた大猩猩ゴリラ狒々ヒヒの様なイメージではあるが、体毛は無く締りのある筋肉質な身体をしている。

着衣は気休め程度か、何かの革らしき物を腰に巻き付けていた。

手には何かの骨や牙らしき物を加工した、槍やナイフを握っていた。


 耳障りな擬音で吠え、意思の疎通などは望めぬ者達と、知性など皆無だと多くの人々は思い込んだ。

その見た目とは裏腹に、身体能力は非常に高く、その俊敏さや足腰の強さは人の脅威となり得た。

その瞬発力は野生の獣であり、その牙や腕力は凶器であった。


だが、一番の脅威は俊敏さや身体能力の高さでは無く、鋼の如き皮膚の硬さである。

驚く程に柔軟な身体をしているのだが、銃弾を止める程の皮膚強度を有していたのだ。

流石にアンチマテリアルライフルなどは止める事が出来ず、殺傷効果はあったが、通常の銃器類を使用した、対人装備では全く歯が立たなかったのだ。


そして、何よりも不思議な事は、接触から数年経とうとも、雌の個体を発見する事ができ無かった事だ。

その理由が判明した時、世界中に恐怖が駆け抜けたのは言うまでも無い。

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