砂姫

第5話 らんじぇりぃ

　まず最初、目に飛び込んできたのはビキニアーマー。

　もうその時点で既にドン引きである。

　そして店内に広がる全力で違う方向に捻じってから振り切った様なファンタジー。

　セーラー服にメイド服。それにスク水......ん？　なんであのスク水とセーラー服セットになってんの？　あ、いや、別に知りたくないからどうでもいいわ。

　えーっと。

　それから服の他にはスケスケの下着だけが陳列されてて、マトモな服は１つも見当たらない。

　私わかっちゃった、これ、ヤバイ店だ。

「ねぇリディアさん......この店」

「ああ、わかる。言いたいことはわかるんだが......ここの店主、残念ながら腕は良いんだ」

　私がリディアさんの手を引いて不安そうに尋ねると、苦虫を噛み潰したような表情で言葉を返してきた。

　どうやら私の不安には共感してくれているようなのだが、引き返す気は全く無いようだ。

　いや、まじで行くの？　絶対変態でしょここの店主！

　あれだよ、ラノベで良くある女装したオカマが出てきたり、パンイチのガチムチが出てくるパターンだよねこれっ！！

　うぅー......帰りたい。帰りたいんだけどこの世界には帰る場所が無い。

「おーいジル、いるか？」

　私の心構えができる前に、リディアさんが店の奥に向けて声をかけてしまった。

　ちょっ、ちょっと待って、もう少しで色々諦められるから！！　心の準備を......。

「あらん？　その声はリディアかしらん？」

「うえぇっ...？」

　しかし返ってきた声は予想に反して、艶っぽいポワポワした女性のものだった。

　想定外に思わず変な声が漏れちゃった...って...うわぁ.......。

　店の奥から下着姿の女の人が出てきちゃった。想像とは全然違うけど、これはこれでキャラがもの凄く濃ゆい。

　なんだろうか、出てきたのは長い黒髪を肩にかけた童顔の女性なんだけど、泣きボクロのせいで妙な色っぽさがある。そんな色気のある女性が黒いランジェリー姿で出てきたんだけども。

　あのさー、そのブラの紐が肩からずり落ちてんのとか、もしかして狙ってやってたりする？

　目のやり場に困るレベルで存在がエロ過ぎるんだが。

　間違いない、痴女だ、痴女が居るよ......。

「はぁ......。おいジル、いい加減その格好は辞めろと言ってるだろ。はしたない......」

「なによぅ、良いじゃなぁい。着心地も良いし、男性からも好評なのよぅ？」

「いや、その好評は意味がちが......。いや兎に角、流石にこの子の目には毒だから今だけでも何か着てくれ」

「この子？　あらん？」

　うっ...。折角目立たないようリディアさんの影に隠れてたのに、痴女の人と目が合っちゃった。

　　--ど、どうしよう......

「あらあらあら、まぁまぁまぁまぁぁっ！！」

　　--ひしっ

「ひぃっ」

　えっ？　な、何！？　いきなり抱きつかれたんだけど！！

　あ、あれっ？　すごい良い匂いがする...。それに嫌なはずなのに妙に安心感が......。どうなってんのコレ？　もしかして精神汚染の類か何かじゃないよねっ！？

　それにさ、今気付いたんだけど、髪から突き出たこの独特な耳のかたちって...。

　　--エルフ？

　いっ、...嫌だっ！！

　ファンタジー世界で『神秘的』を代表する種族との出会いが、こんな痴女のお姉さんだなんて...。思い出が濃ゆすぎるよっ！

　このままじゃ、私の中でエルフのイメージが『痴女(エロフ)』で固定されてしまうっ！！

　もしかしてこの世界のエルフ全員が痴女(エロフ)なんて事はないよね！？

「ねぇねぇリディア～。この子、この子くれるのぅ？」

「い、いや、何を言ってるんだジル」

「だってぇ、もの凄く可愛いんだものぅ、ぜひ欲しいわぁ」

「うひぃっ」

　やばいっ、これって私、確保されちゃってるの！？

「すまんがそれは駄目だ。私が責任を持って育てると決めたからな」

　えっ？　ちょっと待ってリディアさん、その言い方だと私がペット枠っぽくない？

「ええぇ～...。ぶぅ～......。でもまぁ、リディアが決めたんなら仕方ないわねぇ......もらうのは諦めるわぁ」

　ちょっ、もらうの『は』ってなに？　『は』って！！

　え、なんか抱き締める力が強くなってきてる？　あ、あれっ？

「なぁおい、諦めたんならいい加減はなしてやってくれないか？」

「ちぇ～っ...とっても良い抱き心地だったのにぃ......

　んんー......でも、お姉さんとしてははもう少し肉付きがあった方が良いと思うの。だから今度お姉さんが御馳走してあげるわねぇ」

　渋々だけどやっと開放してくれた。

　っていうか肉付きがどうとか言ってるけど、もう抱きつかせる気はないから！！

　御馳走は......ちょっと興味あるけど......。

「それでぇ？　今日は何のようかしらぁ？」

「ああ、この子の服を見繕ってもらいたくてな」

「あらあらあらぁ、それならまかせてぇ！　お姉さんはりきっちゃうわっ」

　あ、あの...凄い張り切ってらっしゃるんですが、その服装と店の品揃えを見たら嫌な予感しかしないんだけど......。おっ、お手柔らかにお願いします。

「ねぇあなた、お名前はなぁに？」

「え、えと、メイです」

「メイちゃんって言うのねぇ、それでぇ...これとかどうかしらぁ？」

「えぇ～っと。それはちょっと......」

　なんでスク水？　リディアさん『服』って言ってたよね？

　いや、確かにこの体型なら似合いそうだけど、精神年齢的には完全にアウトだから。

「えぇ～...ならこれかしらぁ」

「......それも、ちょっと......」

　お姉さんは残念そうな表情でスク水をしまうと、次の服を持ってきたのだが。勿論その服も速攻で却下させていただきました。

　いや、確かにそれもこの身体には似合うと思うよ？　思うんだけどさ。なんでスモック？　っていうかあれれ？　ここって異世界だよね？

　ご丁寧に名札まで再現されてるんだけどどうなってんの？

　いや、今着てるのなんてボロボロの貫頭衣みたいなもんだから、なに贅沢言ってんだって話かもしれないけども。

　お願いします、もうちょっとワンピースとかそういった感じの普通の服が欲しいんです。

「なぁジル、この子には貴族に見える服装を用意してもらいたいんだが...」

「えぇ～......貴族ぅ？　面白くないわねぇ」

「あー、この子は少し訳ありでな。見た目がこれでは私の後ろ盾があるとは誰も思わんだろう？

　一般民だと思われて下手に貴族や奴隷商人に目をつけられんようにしたくてな、身なりを良くして軽々しく手出しできんようにしたいんだ

　攫うにしても、下調べをして私の名前が出れば誰も手出しはせんだろうからな」

「んぅ～、なるほどそういうことねぇ......。それならちょうどピッタリなのがあるわよぉ？」

　そう言い残すとジルお姉さんはお店の奥にひっこんで行った。また変な服持ってきたりしないよね？

　いや、それよりも気になったんだけど。リディアさんって凄い人なの？

　名前だけで人攫いを撃退できるとか......。

　冒険者ギルドのマスターとも気軽に話してたし、あんな強いからてっきり強い冒険者の人かと思ってたんだけども。

　今の話を聞いてると、貴族の人達も手出し出来ない程の地位をリディアさんが持ってるって事だよね？

　一体何者なのか非常に気になるんだけど、聞いても良いのかな？

「おまたせぇ～」

「なっ......」

　なんか凄いのきたーーーーーーーっ！！

　むっちゃフリフリついてる、あれはどっからどう見てもゴスロリ服だっ！　

　あ、あれが貴族っぽい服なの？

　いや、この世界感なら確かにアレが貴族っぽいのか。

「なぁおいジル、それってもしかして...」

「そうよぅ、以前王様に頼まれて深淵の素材を使ったローブを作ったじゃなぁい？　その余りで作ってみたのよぅ！　どうかしらぁ？」

　...ねぇ今、へんなワードが聞こえた気がするんだけど？

　『王様』？

　深淵の素材とかは良く意味がわかんないけど『王様』！？

　いや、そもそもこの痴女。『王様』に服を依頼されるような凄い人なの！？　このセンスでっ！？

「余った生地と切れ端でつくったからぁ、このサイズのドレスになっちゃったんだけどぉ、無駄にならなくて良かったわぁ」

「ふむ......バレるとまずいが、確かに深淵素材なら防御面も完璧か......」

　えーっと、『防御面』ってなんの話ですか？　およそドレスには全く関係ないワードに不審感しか抱けないんですが。

　え、ドレスで戦闘とかする世界なの此処？　確かにファンタジーならありえるシチュエーションだけれど......。

　ま、まぁ、そんなファンタジックな不審感ワードを抜きにすれば、デザイン自体は悪くない......。

　確かに...私もこういった服に憧れた時期もあったけど。年齢的にアレだったから痛いなぁと思って諦めてたけれども......。

　　--ゴクリ

　今の私はどうやら外見が低年齢化してるらしい。今なら......いけるか？

「メイちゃんはこの服、どうかしらぁ？　着てみたい？」

「う......うん」

「あらあらあらぁ？　照れた顔も可愛いわねぇ」

　う、うるさいやい。着てみたかったんだい。

　それから流石にゴスロリドレスを着るには私の体が汚れすぎだってことで、先に身体を洗う事に...。

　確かに頭から砂を被りまくってたからね。今も髪の中がジャリジャリしてるし。

　頑なに私を洗いたがったジルさんをリディアさんが何とか抑え込めて、お店の奥にあるジルさんのお家でお風呂に入れてもらえる事になった。

　リディアさんがボソっと『ジルが洗うとメイの貞操が...』とか言ってたけど、恐ろしいので聞かなかったことにした。

　うん、今は久々のお風呂を楽しもうじゃないか。そうしよう。