第3話 おこられた

 



 ......。


 ...。


 ってわけで、スラムの子を演じる事にしたのは良いんだけど。いやーまさかお姉さんによる説教祭りが開催されてしまうとは全く想定していなかった。


  --んぬー、どうしてこうなった


 どうやらお姉さんは私が街の防壁を抜け出してこんな所まで来たと思ってるみたいだ。


 『最近、街の近くに魔物がでるのを知っているだろう?』...とか。

 『隣国の戦争のせいで野盗がうろついてるのを知らないのか? 孤児に食料を配ってる教会の者が忠告しているはずなんだが......』とか。


 そんな感じで怒られている。

 勿論、実際はスラムの子じゃないのでそんな話は全部初耳だ。街を抜け出したなんて事実も存在しない。けど、それを此処で言うわけにもいかないわけで......。残念ながら私には耐えるしか選択肢が残されていなかった。


  --くっ......誤算だった


 けど、流石にそう長々とお説教されんだろうし、今しばらく耐えるんだ私。


 ......。


 ...。


 そう......思ってた時期が私にもありました。


 あのー...お姉さんや?

 ちょっと、...いや、かなり説教が長すぎやしませんかね?


 それと、定期的に私の眼をジーっと見つめて『わかったか?』って確認してくるの恐いんだけど。

 なんか、少しでも心無い返事をすると眼を見たまま無言になるし。それ、心を見透かされてるみたいで背筋が凍るので辞めてほしいです。


 もうさっきからほんとゾクンゾクンしててヤバイです。

 あ、なんかちょっと癖になりそう。


 あー......。

 この説教、ホント何時まで続くんだろう。ながいなー......。


 ......。


 ...。



「もう辛くても街から一人で出るんじゃないぞ? わかったか?」



 えっ...ぁっ。



「は、はい......」



 あっぶね。

 意識が朦朧として最後の方ちゃんと聞いてなかった。


 咄嗟に返事したけど、もしかしてこれって説教終わった?

 ねぇ、終わったの!?


 ふぃっひぃぃ~っ......やぁっと終わったぁ。 


 ぬぁぁー......疲れたぁぁっ。よく耐えた、超頑張ったぞ私っ!さぁ褒めておくれっ!

 

 いやー、耐えたかいがあってか? どうやら私は街まで連行される事になるらしい。

 『ここは危ないから街まで連れて行く』って言ってたし間違いない、なんという朗報、なんという幸運。やったぜっ!


 ただ、街に連れて行ってくれるとしても問題はまだ山ほど残ってる。

 まず目先の問題は街についた後だな。スラムから出て来てるって事になってるから、間違いなくスラムに送り返される。


 確かに此処よりはスラムの方がマシだとは思うんだけど、スラムに私の居場所は無い。もっかい言うけどスラムの子と違うからね、私。

 だからスラムに送り出された所で寝床も食料のアテも何にもない。

 まぁ、さっき教会で炊き出しがあるみたいなこと言ってたから最悪教会とか言う場所に行けば良いのかもしれないけど。

 でもなぁ......教会かぁ......教会ねぇ......。私、アンデッドなんだけど教会って大丈夫なんかな? なんか浄化されそうで嫌なんだけど。


 ま、まぁ、そのあたりはスラムに着いてから考えるか。

 それよりもまずは情報収集をしないと。私にはまだこの世界のことがわからな過ぎる。


 ってなわけでミッションだっ!


  --デデンッ


 ミッション1。

 街につく前にお姉さんからスラムとかの情報を得るっ!


 子供がスラムに居るって話だから、弱いやつは皆殺しだーみたいな世紀末ではなさそうだけど、危険な場所とかはあるだろうしそのあたりをしっかり聞き出しておきたいところだ。


 そしてミッション2。

 お姉さんと仲良くなってみよう。


 そしたら何かお仕事とかもらえるかもしれないからね。あわよくば住み込みの仕事をもらえて、屋根のある場所に住まわせてもらえるかもしれないしっ!!

 ほ、ほら、家事とかなら私も出来るしさ。お姉さんなら頼み込めば小間使いとして雇ってくれそうじゃない?


 兎に角まずはミッション1だな。こっちだけでも達成しないと命に係わる。

 そうと決まればまずは会話だ。会話をしなけりゃ始まらないっ!


 だからまずはお姉さんに何か話しかけてみよう。


 さてさてそれじゃあ、話題はどうしようかなぁ......こういった事は最初が肝心だから良く考えないと。一言二言で会話が終わっちゃったら意味がない。


 ひねり出せっ、私の脳みそっ!


  --ぐぬぬぬぬぬぬっ


「ふむ......。そう言えば名前を聞いてなかったな」


「え、あ、えっと、メイです」


「メイか、いい名前だな。私はリディアだ、よろしくな」


「あ、はい、よろしくです」



 話題をひねり出そうとうんうん唸ってたら、お姉さんから話しかけてきてくれたよ。

 そうだよね、最初はやっぱり自己紹介からだよねっ!


 んっと、名前はリディアさんって言うのかぁ。


 唐突だったから思わず本名言っちゃったけど、別に偽名とかは使う必要ないよね?

 うん、無いはず......。


  --ふぇ?


 自己紹介が終わったと思ったら、なんかリディアさんが手を差し出してきたんだけれども...。なんだろうかこれは?


 えーっと、何か要求されてんのかしら?

 私、何も持ってないぞ。

 何だ、友達料金か?


 んー......。

 あっ、ああっ、握手かっ。

 日本だとあんましやらないから一瞬何が何だかわからんかった。


 私がリディアさんの手を見て首を傾げてたら、『よろしくな』って言って手を掴んできた。 


 おお、やっぱ剣を振るうのかな?

 思ったより手がゴツゴツしてる。


 うはぁ~。


 顔を上げたら微笑んでるリディアさんと目が合ってしまった。

 やっぱ美人の笑顔は強烈だなぁ、なんかドキドキするよぅ......。まぁ、心臓は動いてないんだけどね。



「それじゃあメイ。私が街まで送って......」



 おっ、ついに異世界の街デビューかっ!?

 緊張するなぁ......。街に着くまでにリディアさんと仲良く慣れるかなぁ......。


 ......。


 ...。



「......んん?」



 リディアさんが唐突に険しい表情をして周囲を見渡し始めたんだけど、いったいどうしたんだろ?



「まずいな...」


「え......?」



 私も周囲を見渡してみるけど、特にまずそうなものは見当たらないんだが......。


  --ザザッ


 んぅっ?


 今、木々の間を何かが通り過ぎていったような......。



「メイ。絶対に此処から動かないでくれ」


「ぅえっ?」


「囲まれた。力を抑えても守れる自信はあるんだが、こいつらは想像以上に厄介なんだ」



 か、囲まれたってなんぞ?

 って、そんな事を思った直後、何かがリディアさんの背中に影が飛びかかってきた。



「危なっ...」

「ハァァッ!!」



 私が咄嗟に声を上げると、一瞬で剣を抜き放ったリディアさんが飛びかかってきた影を斬り飛ばした。


 す、すんごい。何、この人......。超反射だよ。


  --ドサッ


「...?」

   --うげぇっ...


 斬り飛ばされて落ちてきた影に目を向けると、2メートル以上はあるかってくらいのクソでかいオオカミが真っ二つになって痙攣してるのが見えた。

 結構グロい、見なきゃよかったかも......。


   --グルルルルルルルルル


「げげっ」



 奇襲が失敗したからなのか、木々の陰からいっぱい出てきた!!

 1 2 3 4567...。

 ......。

 いやいやいや、この数は流石に無理でしょっ!?


 いくら今の反射神経があったとしても、同時に全部が飛びかかってきたら剣一本じゃあ対処出来ない数なんだが。

 これ、リディアさん一人で大丈夫なの?


 に、逃げた方が良いんじゃ...?


  --シャキンッ


 おっ、おおおおっ!!

 私が逃げる事を考えてる間に、一瞬でリディアさんが正面の狼を2匹も斬り飛ばしちゃったぞっ。


 いや...そもそも、正面の狼まで5メートル以上離れてたはずなんだけど、どうやって移動したの?

 瞬きした次の瞬間には、リディアさんが正面に立ってて、狼が斬れて崩れ落ちるところだったんだけども...。


 ちょっと人間離れしすぎてない?


 うーむ、なるほどコレが噂に聞くヤム○ャ視点っていうやつか。

 飛びかかって来た狼が次の瞬間には斬られて地面に落ちていく。


 結果から狼が斬られたってのはわかるけど、どうやって斬ってるのかは動きを見てるはずなのに理解できないんだよね。

 噛みつかれたと思ったら何故かすり抜けてて狼が真っ二つになってるし。


 おっ、次は3体動時に飛びかかってきた。どうするんだろあれ......。



「ハァアアアアアッ」


  --シャイィンッ


 リディアさんが気合の声を上げたと同時。

 剣が振り抜かれてて、飛びかかって来てた狼が全部真っ二つに!?


 ふっ、ふぉぉぉっ。

 何アレ、かっこええっ!


 いいなぁ、私も折角ファンタジーの世界に来たんだから、あんな感じに格好良く戦ってみたいなぁ。



「リディアさん凄い..「っ!! メイ」」


  --へっ?


 何でいきなり名前呼ばれたのん?

 ...ちょっとまって、その焦ったみたいな表情やめて。


 あー......。

 察しちゃったわ、私......。察しちゃった。


 その視線、私の後ろかっ!?



「ふぁぁぁっ やっぱりぃぃぃっ!?」


  --ガッ

 

「ぐぇぇっ」



 後ろを振り向いた瞬間、狼に飛びつかれて押し倒された。

 狼はそのまま覆いかぶさると、私目掛けて噛みつこうと歯並びの良い口を目一杯あけて......。



「ぬあああぁぁぁぁぁっ!!」


  --エナジードレイン!!


    --エナジードレインっ!!


   --エナジィドレィィィィンッ!!!


 咄嗟に突き出した腕で狼の鼻先に触れると、死ぬほど全力でスキルを連発する。

 なのに全然砂になんないっ!? まさかこれが抵抗力とか言うやつか!!?


 こんな状況で抵抗力とか言う新システムの内容を知りとうなかった......。


 南無三......。


 ......。


 あ、あれ?

 噛まれない?


 あっ、効いてないかと思ったけどスキル自体は嫌なのか、こいつ噛み付くのはやめたっぽいぞ。

 これでひとまずは助かった.....か? いやいやいや、けど此処からどうしろと? 嫌がってるだけで全くスキルが効いてる素振りは無いんだが?


   --ザンッ


「ふぁっ!!?」



 いっ、いきなり狼の首が吹っ飛んだんだが?

 えっ? リディアさんまだ距離離れてるよね?

 

 あっ、でも思いっきり剣を振り下ろしたみたいな姿勢になってる。

 しかも、振り下ろした先から一直線に地面が抉れて狼まで続いてるっ!?


 ま、まさか、そっから斬撃を飛ばしたとかそういうファンタジー的なアレ......?

 10メートル以上離れてんだけどっ!?

 なにそれカッコイイ教えて欲しい!


 って、待ってこれまずくない?

 まだ狼、私の上に覆いかぶさったままで、それで首が吹っ飛んだら......ああ、やっぱ倒れてキマスヨネー。


 まぁ...なんだ。この狼、クソでかいんだが?

 私、軽く潰されるくらいクソでかいんだがっ!?



「メイっ!!?」



 あっ、リディアさんも焦ってる。

 って事はこれって完全に想定外って事?


 だとすれば助けはー......うん、コナイデスヨネー。


 って、冷静に考えてる場合じゃない!!

 わっ、わっ、倒れてくる!?

 倒れてくる!?



「ひぃぃぃっ!」


   --ばしゅん

    --サラサラサラ...


 ふへっ。

 お、思わずエナジードレインかましちゃったんだけど、今度は抵抗無く一瞬で砂になっちゃった。えーっとこれ、死んだら抵抗値とやらは無くなるってこと?


 あ、でもこれ、今そんなの考えてる余裕は......。



「......ぬぽあっ」


  --バサァッ


 やっぱ砂が降り掛かってキマスヨネー。

 しかもまた地面まで砂になっちゃって、身体が少しずつ沈み込んでいくし。


 やめろー埋まるー。


  --ズブ

   --ズブ

  --ズブ


 ほんっと、このスキル使い勝手悪いなぁ。何か良い対処方法は無いものか?

 まぁ......今回はこのスキルのおかげで助かったけどさ、せめて地面が砂になるのだけでも何とかならんもんか。



「お、おい...メイ」



 んぅっ?


 おっ、おやぁ?

 リディアさんが此方を見て驚いたような表情で固まっておられるぞ。


 もしや私、マズっちゃった? このスキル見せちゃ駄目な類のモノだったり?

 例えばアンデッド特有のスキルだとかそう言った感じの......。


 え、えーっと......。

 あの、そんな長い間固まられると不安になるんだけど。

 まさか『化け物めっ』とか言って、いきなり斬りかかってきたりはしないよね?よねっ!?


 ......。


 ど、どうしよう。何か言い訳とかした方がいいのかな?


「えっと......」

「ユニークスキル......」


「ぅえっ?」


「今のは...まさかユニークスキルか?」



 え、えーっと...。



「ユニークスキル...って?」


「えっ、あ、あぁ、そうか。そうだな、スラム育ちなら知らない場合もあるのか」



 あ、はい。スラム育ちじゃないけど何も知らないデス。

 まぁ名前から予想は付くけど、此処はしっかり説明を聞いとこう。



「しかしこれでは、放ってはおけなくなってしまったか.......」


「えっ?」



 あ、あれ? 何か変な雰囲気になっちゃったんだけど。放っておけないって何?

 てっきりユニークスキルとやらの説明してくれると思って身構えてたんだけど説明は?


 え、説明無し?

 あっ、あれっ?


 ちょっ、無言で私の手を握るのやめて。恐いから。ホント恐いから!!



「メイ、そのスキルを人前で使うのは控えたほうが良い」


「えっ? なっ、何で?」



 やっぱり使っちゃだめなヤツなのこれ?


 ......待って困るんだけど。

 私、コレしか無いから使えないと非常に困るんだけど!?


 主に魔力補充的な意味でっ!



「それは『ユニークスキル』と言ってな、非常に珍しい能力なんだ」



 おっ、説明始まった?



「貴族や王族ならある程度は大丈夫なんだが、スラム出身者でユニークスキルを所持していると、違法な奴隷商人に捕まって売られる可能性が非常に高い」


「ど、奴隷?」


「ああ、ユニークスキル持ちは貴族から重宝されるからな。最近は治安が悪化していて怪しい連中がうろついているし、特に注意が必要なんだ」


「なっ...」


  --なん...だと...


 私の持ってるスキルこれだけなんだけど!!

 しかもこれ、使えなかったら食事でしか魔力回復できないんだけどっ!?


 まずい完全に想定外だ!

 このままだと生死に関わる!!


 ......。


 あ、いや、私の場合すでに死んでるから......。

 そうっ、存在に関わる!!



 てっきり魔法とかが存在する系の異世界転生で、あんまり派手じゃないしこれくらいなら大丈夫だと思ってたんだけど。

 これは完全に誤算だ!!


 ...あれっ?


 でも何でリディアさんは見ただけでこれがユニークスキルだと思ったんだろ?

 派手じゃないし、魔法がある世界なら土魔法とかだと思ってくれそうなもんなんだけど。


 まさかこの世界に魔法は無いとか?

 いや、でもリディアさんさっき斬撃飛ばしてたし、確実にファンタジーな世界でしょ? なのにまさか魔法が無いなんてことは......。

 


 んー、気になるし聞いてみようかな。



「あ、あのー...」

「大丈夫だ。助けてしまった以上、私がちゃんと面倒を見る。...だから安心してくれ」


「えっ、あ、うん」



 ......。



「えっ?」



 ちょっとまって、思わず返事しちゃったけど今なんか大事なこと言ってなかった?

 魔法の事とか聞こうと思ったけどそっちは一先ず置いといて......。


 ......えっ! 私の面倒みてくれんの!?


 

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