其の七

 わたくし達が訪ねましたのは、「鞠菜マリナ」というレストランです。

 チェーン店ではありますが、洋風の煉瓦の建物にアジアンテイストのインテリアでコーディネートされたお洒落なお店でございます。



 ハンドルキーパーの彼と、鬼なのにお酒に弱いわたくしは、ノンアルカクテルで乾杯しました。

「再就職、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 そうでした。市役所で会ったときに彼に話したのでございます。

「どこに決まったの?」

 隠すことでもありませんので、お答え致します。

「『楽風ラフ』というカフェでございます」

「黒糖ロールケーキの店? フリーペーパーに載っていた」

「ええ、そのお店でございます」

 わたくしもフリーペーパーでロールケーキの情報を拝見しまして、お客としてお店にお邪魔したことがあります。

 そのときにスタッフ募集の貼り紙を拝見し、面接をして頂いたのでございます。

「すごいなあ、楓ちゃんは」

 彼は「上州豚と小松菜の柚子胡椒パスタ」を器用にフォークに巻きつけます。

「俺は面接が苦手だし、接客とかできないよ」

「何を仰いますか。公務員でございましょう。あなた様の方がすごいです」

「そうか? 俺は頭も良くないし、高卒で、長野市の追加募集にしか受からなかった」

 彼は酒が入らずとも、このようなお話をなさいます。

 高等学校卒業後の進路を公務員にお決めになったのは、ご両親のことを思ってのことのようです。

 ご両親の負担になりたくなくて、ご実家のある安曇野市役所と長野県庁の採用試験をお受けになったそうですが、採用にはならず、長野市役所の追加募集枠で採用されたのだそうです。

 彼の周りは大学を卒業され、するりと就職が決まった御方ばかり。結婚をなさった御方も少なからずいらっしゃるそうなのでございます。

「……ごめんね。こんな話ばかりで」

 くるくる、くるくる。

 フォークに巻きついたパスタは、添えられたスプーンの上で渦を巻きます。だんだんとスプーンに収まらず大きくなってゆきます。

「でも、楓ちゃんと出会えたことは、俺にとって不利なんかじゃないよ。こんなに素敵なと一緒に過ごせるなんて、俺以外の誰にもできない……自信を持ってそうに言える」

 彼は、人当たりは良く、仕事もできて、勇敢ですが争いを好まぬ、心根の優しい御方でございます。

 誰が非難しようと、わたくしは彼の味方であり続けとうございます。



 フォークに巻きついたパスタは、わたくしのお皿に移されました。

 「ミルフィーユカツレツの自家製トマトソースがけ」に侵食するように鎮座するパスタを、ひとくち頂きます。

 小松菜の歯ごたえが楽しく、柚子胡椒がぴりりと効きます。それなのに、豚肉の甘味がふわりと口の中に広がりました。

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