其の六
頭が冷えますと、大切なことに気づきました。
もう遅うございます。車に乗ってしまいました。
彼が運転する車でどこかのお店に向かっている最中なのでございます。
着物の帯はお太鼓にしておりますが、それでも助手席に座ることが難しく、やむを得ず後部座席に座らせて頂きました。
助手席のシートベルトを試しましたが、どうにもつかえてしまうのでございます。無駄に大きな胸が。
着崩れてしまわぬようにタオルを当てて凹凸を少なくせんとしておりますが、どうにも上手くゆきませぬ。
恥ずかしゅうなりまして、なるべく小さく丸まって後部座席に座っておりますと、彼の声が心地良く耳に入って参りました。
「今日の着物、6月にも着ていたよね。帯を変えるだけで秋っぽくなるね」
6月半ばにも同じ
彼はお気づきだったのですね。
「それと……先程は、ごめん。弱っているのがわかったのに、
口づけのことでしょうか。
謝ることではありませんのに。
「お気になさらないで。牙が出ていないタイミングで良かったです」
「出ていても、するよ」
赤信号で車が止まります。
彼はシフトレバーを「
わたくしは前腕をつかまれ、前方に引き寄せられます。
あっ、と思ったときには、唇を重ねられてしまいました。
彼はすぐに前に向き直りまして、シートベルトを締めました。シフトレバーを「
「牙が出ているとか、出ていないとか、考えてからキスしたことなんてないよ」
信号が青になり、車は発進します。
とっさのことでしたので、唇は半分しか重なりませんでした。
しかし、感触ははっきりと残っております。
角も牙も確認したなど、わたくしの勘違いのようでございます。
彼は運転しながらどんな表情をなさっているのでしょう。
残念ながら、この後は赤信号に引っかかることがなく、お店に着いてしまいました。
助手席に座れなかったことが悔やまれます。
助手席から彼の横顔を拝見するのも悪くないと思いましたのに。
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