第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン(2)

 ざわつく声が耳に入り、うっすらと目を開ける。一番初め視界に入り込んだのが時計で一時間ほど寝ていた事実を針が示していた。

 続いて目を横に向ける。そこにはミウナキとガオウがぐっすり眠る姿、逆にガラス窓のほうを見るとサナが誰かと話しているのが見えた。


 目をこすりぼーっとする頭にひとつ刺激を入れるよう背伸びをすると立ち上がりサナのほうへと足を進める。サナもそれに気付いたようで俺のほうに顔を合わせてきた。


「何かあったのか?」


 俺がストレートに聞くとサナは少し表情を暗くして答えた。


「ジンがこのエッジワースに居座って動こうとしないらしい。正直、あたしも……この空間に反発するように空間から追いだされるかと思っていたけれど頑なに居続けているみたい」


 隣でサナと話していた中年男性の人竜種が話を続けた。


「奴の侵入によりその周りのフロトプシケ・クレイズに異常が見られ始めている。この空間の肝となるフロトプシケの生態系が崩れれば大変な現象におちいるのは間違いないでしょう」


 すぐにサナから紹介があった。魔法生物を研究分野にする生物学者ということで、ジンの調べに関して裏で情報交換をし合っていたらしい。今日は調査のためたまたまエッジワースにいたところ、ここまで駆けつけたとも聞いた。


「このままでは……放置するわけにもいかない」

「放置するわけには? ……ってことは……撃退するのですか?」

「そうなりますね。それに、もう政府はそのつもりで動いていますよ」


 淡々と告げた男性に思わず、後ろで寝ているレクスのほうを見てしまった。同時にワイバーン討伐で殺されたレクスの親が脳裏に浮かぶ。


 そのとき、ガラス窓の向こうに何かが写った。最初ただの点にしか見えなかったが、距離が近くなり具体的なものがわかる。ソラクジラの群れだ。色からしてこの地の固有種であるデストロエール。


 ただ、装備が付けられているところを見ると野生じゃない。サナが手を顎に置きながらガラス窓の遠い向こうを、目を細めるようにしてじっと見た。


「あれは討伐隊ね……でもなぜここに? ジンは向こうにいるはずでは?」


 ガラス窓の向こうからどんどんこちらに近づいてくるデストロエールの群れ。よく見ればその周りにはペガサスやグリフォン、ドラゴンの群れもいる。


 数からして間違いなくジンと戦う気マンマンの討伐隊だ。でも……空を見上げてみるがジンはここにいるわけではない。

 ずっとはるか向こうの空に炎の明かりが見えるからそれこそジンなのだろうが、討伐隊が向かっている方向でも、来た方向でもない。


 その様子に空港にいた一般人たちの一部も気付いたらしい。ガラス窓の前に立ちながらざわつき始める。討伐隊はやはりこの街を……正しく言えばこの空港の滑走路みたいな広い場所を目指していたようで、高度を下ろしてきた。


 目的地がここだとほぼ確定するころ、サナと男性は互いに顔を見合わせると外に飛びだした。あまりに突然で俺は一瞬体を停止させてしまう。そのころ、ざわつく音に目を覚ましたガオウ、ミウナキが俺のほうに近づいてきていた。


「ユウト、なにがあった?」

「ガオウさん……討伐隊がこちらに向かってくるんですよ。ジンは向こうにいるのに」


「うん? ああ、本当ですね。あのオレンジに輝くはるか向こうの空がジンですよね。少なくとも夕焼けではないでしょうから。で、その角度六十度先から来るのが討伐隊……?」


 もうそんな話をしているうちに討伐隊がこの空港に降り立っていた。その降り立った先に近寄っていくサナたち。


「サナがあそこに……よし、行こう」

「え? ガオウさん?」


 ガオウがすぐに外に飛びだし、サナのもとへと向かっていく。その姿を見るとミウナキも「わたしたちも行きましょうか」と提案してくれたのもあって続いて外に出る。

 俺たちがサナたちのもとへ着くころには討伐隊のひとり、おそらく隊長がサナの前へと歩み進んでいた。


「済みません、ここより少し先の地点でジンの討伐戦が始まります。建物の中に戻り待機していただけますか? 何が起こるかわかりませんのでね」


 忠告してくれる男性の言い分がごもっともだがサナは大きく一歩前に出た。


「私は動物学者のサナと申します。こちらの男性は生物学者。話を聞くかぎりジンはここよりも別の場所にとどまっていると聞いていたのですが?」


 すると隊長は少し驚いたように見せた。


「ほう、あなたがサナさんですか、天才少女だと耳にしています。まあ、それは置いといて。私たちも最初はジンが特定の場所に居ると聞いて編成を勧めていました。

 ですが、今は進路を持ってまっすぐ移動しているのが観測されたのです。その延長線上にあるのがこの空港。ですので、ここで戦闘前の最終準備を整えてから前に出て前線を張り空港到着前に討伐、消滅させる作戦に今は移行されています。


 さすがにエッジワースの中心地、ここから追いだすのは不可能と判断されましてね。それに、報告によればジンがハロー地方にいなくても特別影響が出ていないと聞いています。その調査はあなた方がされたのでしょう?


 なら、空間が壊れる前に討伐するべきだと」


 サナと男性は返す言葉もなかったようで適当に首を振ってその作戦を呑んでいた。

 でも、ジンがここに向かっている? 遥かかなたにある炎の光を見るがそうは思えない。


「本当にジンが向かっているんですか?」

「遥かかなたにある雲が近寄っているのか遠ざかっているのかなどわからないでしょう?」

「……それもそうですね」


 隊長にズバリの一言を言われ俺も返す言葉がなかった。


 話が終わると隊長は討伐隊のほうに戻っていく。早速戦闘準備に取り掛かるらしい。数多くの隊員がクジラから降り始め手持ちの武器を調整し始める。


 その姿をただ見ていたが、サナがくるりとこちらのほうに向くと空港の建物内に向かって歩き始めた。俺の袖を引っ張りながら皆に顔を見せていく。


「取りあえず事情はわかった。だったら、建物の中で待機する他ないね。討伐隊がそう苦戦するとは思えないけど生物としての危険度はキアノース・レクテスの比じゃない。

 存在範囲がこの街を軽く飲み込むほどなんだから……ユウトは巻き込まれたんだからわかるでしょ? 身を持って体験したんだから」


「ああ……そうだな」


 さすがに建物に入ることに反対するものはおらず、安全が確保されるまで建物の中で待機することになった。

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