第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン

第九章 サラマンダー科、ジン属、ジン(1)

 宴会のあとひと晩止まった俺たちは村人たちに礼を告げ、村を出た。帰りも同じように徒歩でジャングルを抜け、スカエールのバスで空港まで移動。

 そこからハロー、エッジワースと通り抜けながらオールトに帰るのが道のりだ。


 アオゾラオオクジラは着々と進行を進めておりハロー地方からエッジワース地方に差し掛かる。あの不思議な空間の場所で相変わらず今日も岩や島があちこち空中に浮かんでいる。少し薄暗い雰囲気もそのまま、やはり不安定な空間なのだな、と窓から眺めて思う。


 しかし、すぐに窓の外を見るのをやめた。再び顔を前にして思いふける。あの炎の塊、おそらくジンであろうものと触れたときに感じたあれ。

 俺の右手がジンに触れる瞬間に流れ込んだような気がしたあの意識。考えれば考えるほど複雑な感情が込上がってくる。


「ユウト、右手、どうかしたの? もしかして……アニマルイーターにやられたのが今になって!?」

「え? あ、ああ……別に……それは大丈夫」


 思わず見つめていた俺の右手を体の影に隠すと適当に笑って返した。あのことはサナに言っていない。別に言っても良かったのかもしれないが、だからといってどうこうというものでもない。


 そもそもジンに触れるのがダメだというのなら、あのワイバーン討伐のときに色々言われたはずだ。あのときはジンに飲み込まれたほどだったのだから、触れた程度じゃなにもないはず。


 ん? そういえばあのとき……ジンに囲まれたときも何か不思議な感覚があった。もう既に忘れかけていた感覚だったがもう一度思いだそうと経験の記憶を探っていく。


 あのとき、確か街や母さんを思いだしていたんだっけか、ついでにあいつも出てきたが……そうだ、すごく懐かしい気分になっていた。炎に包まれた中で俺は……ある種の夢を見ていたのだ。母さん……母さんのことを……思いだしていたのだ。


「……母さん……」


 あのときの感覚が蘇ってきて口で呟く。そして再び昨日の感覚がどういうものなのか思いだそうと思考を昨日に向ける。


「……親父?」


 ハッ!? なんで、またあいつの名をつぶやいたのだ? 訳がわからない。


 ただ、わかるのはジン……あいつに触れると俺の奥にある感情が溢れるようになること。そして別の感情が流れてくること。ジン……いったい、なんなのだ?


「すみません、緊急事態です!」


 思考の世界から俺を呼び戻したのは突如として叫びながら現れた添乗員だった。目の前にあるドアから飛びだしてくる添乗員はすぐに甲板にも顔を出し、ロッジの中に入るよう言い再び俺たちの前に出る。

「何かあったのか!」そんな言葉が客から飛びだし、添乗員は告げる。


「エッジワース地方内にジンが侵入しました。ジンのようなエレメンタルがこの空間に侵入するのはあまりにイレギュラーで何が起こるわかりません。ですので、当クジラはこのまま近くの空港に着陸、運行を見合わせることになります」


 当然、添乗員の説明によりロッジ内にいる客から騒ぎが出始める。


「私たちは皆様の安全の確保を約束いたします。当クジラにはいっさい問題ございませんのですぐに着陸いたします。どうかご理解ください。

 到着時間は遅延となりますが、必ず到着いたしますのでしばらくお待ちいただけますようよろしくお願い申し上げます」


 まあ、別に飛行機でエンジンが停止したみたいに、クジラが大怪我しただとか疲労困憊で墜落とでもないかぎり問題はないのだろう。適当に窓を眺めながら思いふける。


 そのエッジワースに侵入したジンって……やはり昨日見たあれなのだろうか……。


「なあ、サナ。エッジワースにエレメンタルが入るのはそんなに危ないのか?」


「どうなるか分らないというのが正しいかな。エッジワースがエネルギーのフィールドで囲まれているってのは話したよね。

 そのフィールドが外部からの魔法生物、つまりエネルギー体の侵入を防いでいたのよ、エレメンタル類も含めて。そのおかげでエネルギー的に不安定ながらもなんとかギリギリ均衡を保ったまま、現在の姿に落ち着いている。


 逆にその空間にもしもエレメンタルのような巨大なエネルギーが入ってしまったら? 忽ちエネルギーの均衡が崩れて……下手すれば空間が壊れてしまうかもね」


「……え? 壊れる!?」

「可能性のひとつよ。まだ分らない。前例がないから」


 ……急に不安になってきた。墜落事故なんかより悲惨になりそうだ。


「着陸開始いたします」


 クジラが水平の状態を崩し、前に下がっていく。窓から外を眺めていたが別に何も変わった様子はない……まあ空間自体がそもそもほかの場所とは随分変わっているが。そのままやがてエッジワースにある大きな都市の空港に着陸した。


 添乗員の指示でクジラから降りて空港の建物内で待機するよう案内される。乗客全員、その指示にしたがい建物内へと入り込んだ。


 人とは頑丈な城に入れば急に安堵しだすものである。さっきまでは空中、どこにも逃げ場のないクジラの上だったゆえに心配といった意味でざわざわしていた。だが、地に着いた(と言ってもその地が浮いているのだが)建物、しかも公共物の中に入れば逆に、気の緩みによる雑談のざわざわに変わっていった。


 まあ、結局は台風の接近みたいな捉え方をされているのだろう。実際エレメンタル類とはそういうものだと聞いている。それがたまたまエッジワースに入り込んだだけ。


 それに俺たちがどうこうあがこうがなんの意味もない。

 だったら、この建物の中で座りながら時が来るのを待つだけ。俺はレクスに餌の肉団子をひとつあげておくとゆったり空港に設置された椅子にもたれかかった。


 ミウナキがグッと背伸びしたあとゆっくりと寝始め、ガオウもまた腕を組みもたれかかりながら目を閉じる。

 食べたら寝るレクスの行動を確認すると俺もゆっくりしようと目を閉じる。ただ、サナだけは椅子に座らずガラス窓からずっと外を眺めていた。

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