第八章 八尾神様(5)
「あ、そうだ! ねえねえねえ!」
その空気を割ってくれたのは隣で見ていたサナだった。まるでこの空気を見ていられないと助け舟を寄越してくれたみたいで少し高めのトーンで割入ってくる。
「ハイハイ! サナ様、なんでしょう!」
長老のその助け舟にありがたさを感じているのか、同様も少し高いトーンで素早く食いついてくる。そんな長老にサナは人差し指を一本立てながら身を乗りだした。
「この村で言い伝えられている八尾神様のお話って聞かせてもらえますか?」
「ええ、もちろんですとも。どうせなら、あれを聞かせましょう。少し待っていてください」
長老はいそいそと立ちがり、ある村人の所にまで歩いていく。その人と何やら話し始めたので俺とサナは黙ってジュースを飲みながら待った。
しばらくすると長老が「お待たせしました」と言って戻ってくる。そしてその長老の後についてきたのは人鳥種の男性、手には小さめの弦楽器を持っていた。
「それでば恥ずかしながら一曲、この村に伝わる曲のひとつです。八尾神様の話が歌詞になって何百年も伝えられてきたものなんですよ」
男性は俺たちの前に簡易的な椅子を置くと男準備をし始める。周りから「いいぞー」「待ってました!」などと煽られながら着々と準備を進めていき、整ったようで前を向いた。
「では……」
男性は指を弦にかけると演奏を始めた。それに伴い周りに騒ぎが驚くほど消え静かになり弦を弾く音とキャンプファイアの音だけが耳に透き通ってくる。童謡に近い雰囲気が曲のなかから感じ、語るように男性はゆっくりと歌い始めた。
「人々は混乱していた。価値観の違う多種の人たち、それぞれが生きるため争っていた。
人々は荒れ狂っていた。多くの血と涙を流し、それでも戦うことやめなかった。
でも違うわたしたち、平和を望み皆で助け合っていた日々、そこに彼が現れた。
八尾神様は和を持っていた。八尾神様は言葉を持っていた。八尾神様は知識を持っていた。
わたしたちは八尾神様から和と言葉と知識を授かった。その教えは人々を素晴らしき世界へと導いてくれる。その教えは人々に希望と勇気を与えてくれる。その教えは人々を幸せにする。
それに気が付いたわたしたちは八尾神様とともに世界に和を広めた。言葉を広めた。知識を広めた。人々は素晴らしい世界へと歩み始めた。人々は勇気と希望を持ち始めた。人々は幸せを得始めた。
だけど、人はなぜ、いき過ぎるのだろうか。人はなぜ、争いを続けるのだろうか。和を得て、言葉を得て、知恵を得た人たち。たくさん得たのにも関わらず更なる物を求め始めた。
八尾神様とわたしたち、和をもう一度教えようとしたけれど、彼らの耳には届かない。彼らは力を得たばかりに、我を失った。求めすぎた。
誰にも止められない。誰も止まらない。広がっていくのは人々が生みだす常闇の炎。
八尾神様は恐れた。八尾神様は嘆いた。八尾神様は後悔した。
そして八尾神様は自ら人々に天罰を下した。
人の姿を捨てて空を舞う。その下に映るのは求め続ける人々、罪深き人々。そこに八尾神様は天罰をさずけた。それは天罰にて同時に天からの恵み。人々は天罰によって神の怒りを知り、己の過ちを知った。それは本当の和の始まりだった。
八尾神様は自ら神になることで、わたしたちに真の和を世界に広めた。
八尾神様は今でも天よりわたしたちを見守り続けている。人々が過ちを繰り返さぬために」
長い歌詞、音楽に途切れが生まれ、静かに最後の弦を弾く音が夜空に響き渡る。しばらく、静まり返った時が流れたが、やがて周りから拍手が生まれた。
それに合わせ俺たちも拍手を送る。親父の話かもしれないけど、なんとなくひとつの物語として素直に聞けた。
「すごい! 良かったです!」
「ええ、すごく良かったですよ!」
サナとミウナキが演奏者に声援を送る。俺も拍手を続けながら礼をする演奏者にエールを送り続けた。
「悠斗様、どうでしたかな?」
「はい、よかったですよ」
長老が声をかけてくれたので素直に言葉を返す。だけれども、同時に疑問もぶつけた。
「でも、やっぱり伝説は伝説ですよね。八尾神様だって結局は人、それは俺が一番よく知っています。なら、人が天罰を起こせるはずがない。誇張されて受け継がれたんでしょうね」
長老はヒゲを整えながらつぶやく。
「そうですな。特にこの村以外の地域にはこの伝説の「最後に神となった」部分がひとり歩きしたのか、元から神様で神が人々に和、言葉、知恵を与えたとなっている場合が非常に多い。
まあ、神ならざるものが神になるなどというのは信じがたいものですから、最初から神であったほうが人々は信じやすかったのでしょうな」
変に誇張されたものだから、大勢の人々によってまともな誇張へとフラットになっていったというわけだ。俺は納得したように首を縦に振っていたが、長老はさらに続けた。
「だが! 必ずしも誇張されたとは言い難いものもあるのですよ」
「え?」
「悠斗様は『神生樹』という動物をこ存じですかな?」
神生樹……、どこかで聞いた覚えがある。この世界でさんざん見てきた動物たちを片っ端から思いだしていくとある所で止まる。カイパーベルト地方の熱帯雨林で見かけたやつだ。ソラクジラに乗りながらやたらと動く木を見ていた。
「確か……類植動物のアレですよね。魂と肉体を分離させて養分を得る……的な?」
自分で説明していて「なんだその摩訶不思議な摂取の仕方は?」と思う。
「ええ、一般的な解釈はそれですな。サナさんならこの詳しい仕組みを知っているのでしょうけど、この際そこに問題はありません。八尾神様が自ら進んで神生樹の餌になったのだと我々の村で言い伝えられているんですよ」
「……ええ!?」
「自ら取り込まれることでエネルギー体になったのだとすれば、天罰も可能ではないかと」
「……確か、よっぽどのことがないかぎり魂はそのまま消滅するって」
「八尾神様にはそのよほどのことがありました。人々に真の和を気付いて欲しいという願いです」
「そ……そんな馬鹿な話ありますか? ……信じられない」
「ですが、そこから神を生んだ木ととして『神生樹』の名が付いたといわれています」
「……そんなこじつけな……」
どうしても親父を立派な人物だと思いたくないゆえの一方的な否定だった。
「あんな家族も大切にしないような奴が人々に和を解くため自らの命を捨てた? 餌になって天罰だ? そんなのできるような奴じゃない」
「でも……悠斗様もお父上のことをよく知らないのでしょう?」
「ッ……! 俺たち家族など、どうでもよかった。そのぐらいはわかりますよ」
そこまで言いきると俺はパッと立ち上がった。肉をくわえたまま驚くように顔を見上げるレクスの頭を撫でながら、ここで待っているようになんとか仕向ける。
「すみません、長老さん。俺、ちょっとひとりになりたいので」
「あ、それは構いませんが……お気に触りましたかな?」
「いえ、大丈夫ですよ」
そういうとレクスに向けていくつか肉を皿に乗せてあげるとひとりキャンプファイアの円から外れて散歩をし始めた。
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