第八章 八尾神様(4)
日が暮れ始めるころ、あたりがどんどん騒がしくなってくる。俺は待っているのも飽きて外に出るとそこらに落ちていた枝を拾ってレクスの相手を続けていた。
枝を咥えてレクスが引っ張るのだがこの力がまた強い。もうそろそろ俺の握力が負けて完全に持っていかれそう。
「悠斗様、準備ができましたのでこちらにどうぞ。友人の方々は既に着席されています」
「え? あぁ、そう」
村人のひとりが後ろまで近づいてきていたようで、驚き振り返る。しかし、村人は俺を連れていく前に申し訳なさそうに俺の後ろを指さした。
「あのう……ペットが転んでいますよ」
「え?」
振り返るとそこには枝をくわえたまま尻餅をついているレクスの姿があった。
「ああ、悪ぃレクス。つい驚いたあまり手を放しちまった」
しょぼくれたように頭を下げるレクスをなだめると今度こそ村人に連れてその宴会場にまで足を進めた。
宴会場は既に人で溢れかえっていた。この村にどれだけの人がいたのだと思えるほどの人数。おそらくほとんどの村人が居るのではなかろうか。宴と謳っているが、子供たちも入り混じって様々な種が垣根なしにわいわいとやっている。
その中心にあるのはキャンプファイア。それを囲うように人たちが座っている。そのなかひとつ段差が設けられた場所がありその段の中心にひとつ立派な椅子が設けられている。
長老が座る場所かと思いきや、長老は少し下の段に座っているため違う。椅子の周りにはサナ、ミウナキ、ガオウが座布団を敷きながら座っているため、彼らが座る様子もない。
そんな事を思っていると案内する村人にそのサナたちがいる方向へと連れていかれる。その一段高い所の椅子にまで俺は連れていかれた。
「悠斗様、ここへどうぞ。ペットも横に置いていただき問題ございません」
されるがままにその椅子へと座らせられる。
「ちょっ、ちょっと待て。なんなんですか、これは?」
「それはもちろん、宴の主役ですから、当然です。ささ、いっぱいどうぞ」
「いやいや、だから俺未成年ですけど」
「あ、これジュースです」
「あ……そう……。じゃあ、いただきま……す?」
流れのままコップを受け取っていた俺。暗がりでわかりづらかったが匂いを嗅ぐことでそれがりんごジュースだとわかる。しかし……、なんなのだ、この扱いは?
俺だけでなくサナたちにも含めて村人たちが次々と食べ物を出し続けてくる。鳥の丸焼きチキン、たくさんの種類の果実、様々な魚、それらは実にワイルドながら豪華な料理。その料理が少しずつ皿に盛りつけられていくなか、長老がおもむろに立ち上がり、咳払いをした。
「さあ、もうご存知のとおり、このお方はあの八尾神様の御子息。そのような方がこの世界の地に立ったこと、そしてこの村に来ていただいたのはすべて八尾神様によって定められた巡り合わせ。その実現に対し、この宴を持って祝おうではないか! 乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
なんなんだよ、このノリ……頭が痛くなってくる。こんなんになったのもすべてあいつのせいだよ、ちくしょうが。
「ほら、ユウト、乾杯!」
乾杯じゃねえよ!? そんなツッコミを入れながらも周りに合わせてコップを適当に合わせる。村人たちもクイッと飲み始めあたりでプハーッという言葉が混じってくる。
そんな光景に中学生の身として苦笑いを浮かべながらザ・りんごジュースといえるほどのガチなりんごジュースを喉に通していった。
渡された割り箸を使って盛り付けられた肉を一口食べる。元々が結局肉を焼いたものなのでなかなか美味しい。ほかにも色々な物を口につけてみるがどれも美味しかった。隣に座らせているレクスにもいくらか肉を食わせてやる。
しばらく宴会が進むと既に出来上がり始めた長老が俺のほうによってきた。
「さあさあ、悠斗様、どうぞどうぞ。クイッと」
「だから、酒は……」
「ジュースですよ」
ジュースかい! なら、そんなノリで注ごうとしないでくれ。そう思いながらもコップを長老に差しだし、注いでもらう。いちおう、本物のジュースか匂いで確認してから一口飲む。確か、こういう場合、俺も注ぎ返すのがいいんだっけか?
「じゃあ、長老さんもどうぞ」
「ああ、こりゃありがたい。神の子に注いでいただけるなんて。おっとっとっと……」
酒を次ぎながら「何やってんだ、俺?」物凄く今の自分の行動に疑問が沸く。
「かぁ、うまい! いや、さすが別格の味ですよ」
あんたがさっきまで飲んでいたのと同じ瓶から注いだまったく同じ酒だよ。
そう突っ込みを心の中で入れながらも、サナたちもどうしているのかな、なんて思ってチラッと見る。そこには俺と同じように村人に近寄られ困惑しているサナとミウナキ。その姿になぜかちょっと同情とプラス、簡単な笑みを浮かべた俺がいた。
ちなみにガオウは既に村人と出来上がってきた。
「ところで、悠斗様、少しいいですか?」
人魚種の女性が俺の所に食べ物を持ってくるついでに声をかけてくる。
「ええ、なんですか?」
「実際の八尾神様……悠斗様のお父上はどのような方だったのですか?」
その質問に俺の顔の中から意図もせず笑顔が消えていった。その質問がサナにも聞こえていたようで急に話していた村人から視線を俺のほうに向けてくる。俺は取りあえず、コップに入ったジュースを飲みきるとひとつ息を吐いた。
「知りませんよ……というか、知る機会がありませんでした」
「と……言うと?」
「俺の物心が付いたときには、あいつはほとんど家に居なかったんです。たまに帰ってきたかと思えば一日も……つまり二十四時間も経たずにまた家を出ていく。次に帰ってくるのは何ヶ月も先、でまた出ていく。
これの繰り返しで親父との思い出なんてない。だから、親父がどういう人物で、どういう趣味を持っていて、どういう思考をする奴なのか、まるで分らない。
しかも俺が九歳のとき、あいつは出ていったきり帰ってこなかった。俺と母さんを置いてひとり消え去ったんですよ。
どうやら、その消えたあと、この世界に降り立ったようですけどね」
「そ、そうだったんですね……」
村人の女性は少し寂しそうに俯いた。これは聞いてしまった後悔の現れか、八尾神様という信仰している存在の事実に嘆いているのか……どちらもか。
そんな様子を隣で見ていた長老がフォローを入れるように女性の背中にぽんと手を置き、俺のほうに顔を合わせてきた。
「まあ、お父上はお仕事で忙しかったのでしょうな、この世界で行われたことといい、働きものだったのかもしれませんな、悠斗様」
「ハッ……働きもの……ねぇ。……笑かしてくれる……」
最後の一言はあえて誰にも聞こえないようボソリとつぶやく程度に収めた。本当に働きものなら、家族のために家族の仕事を少しでもしたらよかったものを。
だが、その呟きこそ聞こえなかったものの雰囲気は俺の仕草から出てしまっていたのだろう。途端に妙な空気が俺の周りを支配してしまった。長老、村人の女性、俺ともども静まり返って咀嚼する音と周りの騒ぎだけが耳に残るのみ。
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