第七章 歴史と伝説(6)

 一晩置き、冷静になった俺は椅子に座り込み机の上に例の手紙が入っているのであろう封筒を置いた。古いため、かなり黒いがやはり俺の名前の文字が確認できる。


「六百年を超えた……手紙……、親父からの……。やはり、あいつは……この世界に……」


 意を決し俺は封筒に手をかけた。折りたたまれた封を開けると中から出てきたのは二枚の紙。ふたつ折りにされて重なっており、広げるとそこには日本語の文字が広がっていた。


 俺は親父の書いた文字なんてのは見たことないため、この字があいつの字なのかどうかなど見当もつかない。だが、あいつが直筆で書いた物だと思う。。字もなんとか読める。


 ゆっくりと視線を滑らせ、手紙を読み始めた。


『悠斗へ。


 へへ、こんな世界に俺は来ちまった。まるで文明もないような場所でよ、まともな髪と筆ができるのでさえ、時間がかかっちまって、もうこの世界に来てから二十年後、ようやくこの手紙を書けたんだ、悪かったな。

 まあ、もっとも、この手紙が読まれようが読まれまいが、いつの時期に書いても同じだろうがな。


 しかし、この手紙が果たしてお前の届くのかな? 届かねえだろうな……というより届くべきじゃないな。

 これが届いたってことはこの手紙が世界を超えて元の世界に渡ったなんて思えねえ、きっとお前もこの世界に来たんだろう。逆に読んでいたら、やはり親子だな俺たちは』


 チッ……誰が親子だ、ろくな父親の仕事しなかったくせに……。


『しかし、なんで俺はこんな手紙を書いてんだろうな。届きもしない、こんな手紙を。まあ、いい。せっかくだからお前に読んでもらえるとして、この世界でのこと話してやるよ。


 いっぱいあったさ、そりゃものすごいほどにな。

 まず、驚いたのは人間といえるほど知能が発達した動物が何種もいるってことだな。人間特有の強烈な闘争心が無論、彼らにもあって相当なもんだった。

 別種同士、縄張り争いで戦争して、同種同士でも縄張り争いで戦争をする。共通の言葉もないもんだから、話し合いも糞もなかったぞ。


 でも、俺がこの世界で一番初めに目を覚ました場所、サィミオって名前の村は違った。周りが争うなか、そこの村の住民は色々な種が助け合い生活していたんだ。しかも、互いに同じ言葉を持っていないのに。

 俺はそこから、俺の知識をできるかぎり与えてやりたいと思った。


 言葉、文字を教えるのには一苦労したよ、なにせ俺は教師じゃないからな。でもよ、チンパンジーに言葉を理解させるのよりは簡単だったかな。発音自体は問題なかった。人間として既に発音を学習できるよう進化してきたからな。


 いやぁ、実に楽しかった。言葉、文字の基本を理解した彼らに様々な知識を教えているうちにどんどん仲良くなってな。次第にもっとこの考えを世界中に広めようってなってな。


 さすが人間だよ、望む力はご立派なもんだ。俺たちはひとつの村からもうひとつの村と地道に広めていったんだよ。その途中で、俺はこの手紙を書いている。


 どうだ? すごいだろう。少し前まで動物研究やっていた俺が世界を動かす一大プロジェクトを担っているんだぜ。へへっ、すげえもんだよ』


「黙れよ、チクショウ!!」


 俺はそこまで読んだとき、怒りが頂点に達し紙を半分に引きちぎっていた。破れ四枚に成り果てた紙を机に叩きつける。


「なにがすげえだ!? あんたは……俺や母さんを放ったらかして、何やってんだよ!? 帰れなかったのはわかる。でも……だったら、最初に書くべき言葉があるだろうが!?


 書くのが遅れたこと謝るぐらいだったら他に謝ることがあるだろうが!! くっだらないあんたの自伝なんか聞きたくもねえんだよ!! 


 あんたのせいで母さんがどんだけ苦労したかわかってんのか!? 最初にそこを触れたらどうなんだよ!?」


 怒りに任せ俺は散らばった紙を床下に振り払った。それでも収まらない怒りが机をただ叩きつける。くっだらない、なんの意味もない手紙だった。


「あんなクソみたいな親父からの手紙ごときに……少しでも期待した俺が馬鹿だった!」


 頭を抱え込み、一気に机に伏せる。頭を強くかきむしりながらやり場のない感情に溺れきっていた。俺は……俺は……何をしているのか……。


「ユウト、何があったの?」


 レクスを抱え部屋に入ってくるサナ。レクスの世話をひと晩サナに任せていた。そのレクスを返すのも含めて様子を見に来てくれたのだろう。


「って、なにこれ!? なにしているの!?」


 とたんに叫び上がった。床に散らばった”紙切れ”を拾い上げ、震えるサナ。


「これ、そうとう貴重な物よ! それを歴史家の人はあなたに預けてくれたのよ!? 大体、これ……あなたのお父さんからの手紙なんでしょう!? 罰当たりにもほどがある!」


「うるさい! サナに……俺の気持ちなんかわかるか……! ……違う、忘れてくれ」


 また、サナに対して同じことを繰り返しかけ、慌てて首を思いっきり振って自分をごまかす。代わりに席を立ち、逃げるようにドアのほうに向かって歩き始める。


「待って。これ、大事に持って」


 バラになった紙切れを拾い集め俺のほうに突きつけてくる。でも、今の俺にそれを受け取れるだけの余裕はなかった。振り返りその紙切れを見ても冷たい感情しか流れない。


「こんなもの、最早ただのゴミでしかないよ」


 サナの手をパンと叩くように振り払う。それによりサナの手から紙が床に散っていった。落ちた一枚のうち一番足の近くに舞い散った紙を一度踏みつけその場を後にした。

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