第七章 歴史と伝説(5)
ついていくと現れたのは鍵がかかったドア。歴史家は鍵をドアノブに差し込み奥の部屋の入口を解放する。
最初その部屋に明かりがなく真っ暗だったが、歴史家が入口から順に明かりを灯していく。
なんと、それはガス灯だった。今まで見たかぎり一般的な家庭で見たランプは石油ランプ、ガス灯は街路灯でしか見ていなかったからかなり驚いた。部屋も換気の窓は空いているが、基本的に太陽光が入らないようになっている。
「ここは貴重な資料がたくさんある。勝手にうろうろされても困る。後を付いてきなさい」
一番初めに目が惹かれたのはある絵だった。紙に白黒で描かれたものは実にボロくさいがなんとなく雰囲気をつかめる。長方形型でその大半の面積が黒く塗りつぶされていた。
その塗りつぶされたすぐ下に丸い円が付けられている。何かの記録だろうが……見たことある。
「……これは?」
「ヤオガミ・ユウセイが持っていた道具。用途もわからないし、何でできているのかもわからなかったらしい。
ヤオガミ・ユウセイらが消えたあと、厳重に保管され研究されたもののひとつだったが、結局何もわからずじまい、しまいには腐食してボロボロになっていったと。それを危惧したものがせめてとその絵を残したらしい。
そういった絵がいくつもある」
その説明を聞いて、もう答えはひとつだった、……スマホだ。ほかにある絵には懐中電灯らしきもの、デジタルカメラ、携帯ラジオ……。どれも精密機器(懐中電灯もこの世界からすれば技術の塊)で、人工材料が大量に使われている物ばかり。
そりゃ、何百年も前の人間にこの素材がなんなのかわからなかっただろう。しかも、そんな人工物、六百年も保存し続けることができるとは思えないし、実際腐食したといっている。
これが告げ事実はひとつ……ヤオガミ・ユウセイは少なくとも別の世界から来た人物であるということ。もっといえば俺のいた世界に限りなく近い世界か、同じ世界か。
「こいつはヤオガミ・ユウセイが着ていたと思われる服。もうボロボロで一部の生地しか残ってない状態だが、これの研究が現在、わたしたちが着ている服につながる」
文字どおり原型をとどめていない状態、どんな生地だったのかも想像できない。だが、どんどんこの世界の文化をどう築き上げていったのかは限りなくわかってきた。
ある種、世界線を超えた知識、言葉の伝来だ。別の世界から来た人物によっていろいろな物が伝えられ、技術が一気に発展していったのだ。
それは、俺のいた世界のなかだけでも十分起こっていた。むしろ歴史はそれの繰り返しで文明が発展していったと小学校の『社会』の授業で習う。中学に入ってからの『社会』はより詳しくなっていく。
六百年という月日があれば、これぐらい技術が進むのもわかる。アメリカなんて国ができてから二百年ちょっとで世界一位に躍りでたのだ。技術のきっかけが世界に流れればそれだけで歴史の針は大きく動く。
様々な資料を見ていくなかでそれが確定していった。ヤオガミ・ユウセイは神様でも天才哲学者でもない。別世界から来た渡来人だ。
だが、それがわかってもこの歴史家に告げる気はない。たとえ告げても信じられない、証拠が何ひとつとしてないというに決まっているし、むしろ歴史家としてそうであるべきだ。
じゃあ……なんでこの歴史家は……俺の資料室に入れたんだ? 俺の名前を見て歴史家はここに入れる判断をしていた。俺の名前に何があるっていうのだ?
八尾神様と関係がありそうか見たかったから? そんな程度で信じるなら苦労はしない。なら、なぜ?
「ふぅ……もう十分見ただろ……これで最後だ」
ふと歴史家はあるひとつのショーケースを静かに開けた。そこにある資料のひとつを手に取り外に出す。
封筒みたいな袋になっている。相当古くボロボロだがなんとか形を保っているように見える。歴史家はその資料をくまなく見て確かめ俺のほうに近づいてきた。
「お前は本当に八尾神悠斗というのだな?」
唐突に来た質問に一瞬戸惑うが首を確かに縦に振る。その反応に対し適当に首を振ると歴史家はその資料の裏面に視線を突きつけ始める。
「そして……ヤオガミ・ユウセイの子供……息子だな?」
「そうです。その事実を俺は気に入らないし、あなたも認めたくないでしょうけど」
だが、歴史家はひとつ息を吐くとぶっきらぼうにその資料を俺に突きつけてきた。その意図が取れず戸惑うなか、歴史家はさらに突きだし言ってきた。
「お前にやる。貴重な物だ、お前にとってのな。大事にしろ」
「は? くれるんですか? なんで?」
「いいから!」
これでもかと突きつけられ、渋々受け取る。確かにそれは封筒、和紙のような質感で長持ちする紙質なのだろうとは思ったが、やはりただの古い封筒。
歴史的に貴重な資料であるとは思うが、俺がもらう理由はこれを見ただけではわからない。
「ちょっと、これいったい、なんなんですか? こんな貴重で大切な物をなんでユウトに?」
サナがこの封筒を覗き込みながら歴史家に問いかける。歴史家はそれに対し手首をくるりとさせ回転させるような動作をさせた。
「ひっくり返してみろ」
「ひっくり返す……?」
復唱しながら手元の封筒の裏表を逆にした。封筒の閉じている口だった部分が裏になり、表が俺の目の前に映しだされる。
そこには何か文字が書かれていた。筆で書かれているのだろう、ボロボロになりつつもはっきりと読める。そして……俺の意識が一瞬にして遠くなった。
「俺の息子……八尾神……悠斗へぇ!?」
サナが読み上げ、続いて驚きの叫び声が資料室内に響き渡る。だが、俺はそんなのまるで思考のなかに入ってこない。ただ、目の前にある文字に釘付けだった。
俺の鼓動がどんどん速まっているのがわかる。視界が狭くなっていくほど、緊張が体中を走り呼吸が荒くなってく。手に加わる力が自然と強くなっていき、封筒が少しシワ付くがそれでも俺の感情はとどまることを知らない。
洪水のごとく汗ばむ手はひたすら震えつづける。それでもなんとか自分の手を持っているところからずらす。そこに書かれている文字についに俺は足から崩れ落ちた。
「八尾神……悠聖……より……!? クゥ……ウぅ……」
荒い呼吸はより酷さを増していく。ただ、あいつから俺宛の手紙だという可能性が限りなく百パーセントに近いという事実だけが俺の胸を貫くよう。
なんなのか、この感情? 俺は……これを見て何思って……こんなに苦しくなっているのか? あいつの……あいつが……。
「ユウト……一回、外に出よう」
サナに半ば強引に肩を持っていかれると資料室を後にする。最初に訪れた部屋に行くと賢く待っていてレクスが駆け寄ってくる。だが俺はサナに促されるまま、ソファに座り込んだ。
「ほら、水だ。落ち着け」
歴史家からコップいっぱいの水を受け取り、ひと呼吸置くと一気に飲み込む。喉
に冷たい液体が一気に流れ込み、口に溜まった熱を下げていく。
だが、俺の心に溜まった熱は一向に下がる気配がない。ただ、それでも……俺はこの手紙を手放していなかった。
「その……今日はありがとうございます……ユウトもこれなんで……。今日は帰ります」
サナに促されまた肩を貸してもらいながらこの資料館を出ようとする。そのとき、歴史家は「最後に」と言いながら俺たちを引き止めた。
「もし、ヤオガミ・ユウセイのことをもっと知りたいと思うなら、サィミオ村に行くといい。ハロー地方、カイパーベルト地方寄りの端にあるはぐれ村のひとつだ。そこに住む人々は代々、ヤオガミ・ユウセイがいた村だと言い伝えられている。
わたしも研究の助けになっているほどにな。ただし、どうも彼らは伝説の八尾神様のほうをより信じているようなのが難点だが。おもしろいとは思う」
「……ハロー地方ですか? その……ありがとうございます」
そのまま、レクスを連れて俺たちは資料館を後にした。
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