第七章 歴史と伝説(4)

 歴史家が開けるドアの先にあったのは大量のショーケースが並べられた部屋。様々な資料が並べられているのがひと目でわかる。だが、この部屋の大半は古い紙のようだった。


「ここは一般公開されている場所だ。今日は休館日だから誰もいないがな。だが、本当に見せたいのはここにあるものじゃない」


 さらりとショーケースを見て回っていく。たくさんある紙の資料には様々な物が描かれていた。それは……俺にとって実に驚きを隠せないものばかり。


 最初に目にしたのは『動物分類法』と書かれた資料だ。目次には一ページ目は動物界、植物界、菌界、クロミスタ界、原生動物界、細菌界と目次のように記されている。本になっており何巻にも渡っているらしい。


 資料の説明文にはこの資料をもとに現在の動物の分類を行っていったとされている。ただし、細菌界、クロミスタ界、原生動物界などをはじめとする生物は極小過ぎるゆえ確認できない物で大半を占めているらしい。


 少なくとも細菌の発見はこの資料がなかったらされることがなかったという。さらに読見解くと細菌などという存在をある種予言していたらしい。六百年前の技術だと細菌の存在など予測する他ないだろう。


 次に来たのは言語の資料だった……いや、はっきり言おう。日本語の手作り教科書だ。ひらがな、カタカナ、その発音。プラス漢字。その他文法。しっかりとまとめられている。ヤオガミ・ユウセイは開発した言語を六百年前に人々に教えていき、紙が開発されると資料として書き記したらしい。

 現代語は自然に作られていった物ではないという。


 さらに横に並んでいるのは……「国語辞典」だ。どうりで……この世界でも聴き慣れた言葉ばっかり耳にして、俺の日本語がばっちり通じるわけだ。


 そして驚きの資料は紙の作り方。紙に紙の作り方を書いているのである。食物繊維を利用し、漉く方法。この資料に使われる紙の作り方でこの技術をヤオガミ・ユウセイが広めたあと、資料として残し始めたのだとか。


「……他にも大量にあるな……これを全部ヤオガミ・ユウセイが残した資料なんですか?」


 本当に様々な資料に俺はとてもじゃないが、六百年前の人間がひとりでこれだけのものを考えられるとは思えないと確かに感じた。

 中には人間がそれこそ何百年とかけて洗練させてきた技術もあるのだ。それをたったひとり、一代で考えつくなどとは……。


「ああ、これだけを見てもひとりでできるものではないと思うだろう。この世界の大半の人間はヤオガミ・ユウセイが神の使いで圧倒的天才だったと収まめているがな……。


 しかし、資料のなかにはかなり大雑把で適当なものも多い。あくまでヤオガミ・ユウセイがやったのは基本的な概念の構築でそれをヒントにその後の人類が技術で実用的にしていったのだ。

 例えば……これとかな」


 差しだされた資料はトイレの技術だった。洋式の水洗トイレのことで、書かれている情報は本当に単純な仕組みとその図。

 浮き袋を使って水量を調節し、下から水が流れる。まあ、俺たちの世界で一般常識の範囲として知られている程度の仕組みだった。


「な? 適当だろう。だが、大まかな考え方は天才というべきだろう。あとはその後の人間がそれを可能にする技術を発展させていっただけだ。


 その他、保険制度、民主主義などといった社会基盤の原型も考えていたらしいな。それもすごく単純なものばかりでそれをもとに人間が歴史のなかでより洗練された仕組み、制度にしていったんだ。

 そして今の政府がある。


 今ある学問としての科学はすべてヤオガミ・ユウセイが導きだした哲学の先にあるものといっても過言ではない。

 まあ、生物学、歴史学、物理学、すべての科学は哲学から分岐したのだから人類初の哲学の先にあるのも当然の話か。ただ、妙なのは科学が発展した今で見るとヤオガミ・ユウセイの思考には既にその他の科学がある前提のように見える点だ」


 後半の話は難しかったので適当に促しながらショーケースをどんどん見ていく。

その他にも茶碗、箸などといった単純な道具の図案から、家の基本的な構図(大黒柱に簡単な木の合わせ方程度)など、さらには歴史家の言うとおり保険制度と幅広くも常識範囲内の知識が大量に残されている。


 これを見るかぎり、どう考えても動物分類法だけ異様なまで専門的知識が詰まっていることに気付く。


 だが、ひとつおもしろいものも見つけた。銃の仕組みが書かれた資料だ。もちろん単純ではあるが、俺たち一般人……特に日本人が銃の仕組みを少しでも理解しているだろうか?

 この資料にはひと通りの仕組みが書かれていた。ライフル銃でボルトアクション、ポンプアクション……拳銃の項目にはリボルバーのシングル、ダブルアクション……トグルアクションとかいうのもある。

 大砲の仕組みも簡単に記されている。こんな発想が六百年前の人間ができるとでも?


 しかし、資料をひと通り見渡すかぎり、時計とか電化製品など複雑、または専門知識がないとまるで理解できないものはほとんどなかった。あくまでアナログの範囲内に限られている。


 ……ヤオガミ・ユウセイが俺の親父だったと仮定しよう。その仮定なら俺のいた世界の一般知識は当然持っている。それを広めるのも可能だ。そして……動物学者……動物分類法にだけ異様なまでに専門的なのも頷ける。


 銃に関しても、もし本人が日本国外で銃を使用していたらどうだ? 動物研究の過程で銃をまったく関わらないと言いきれるだろうか?

 その過程で銃の知識が少なからず手に入っていたらどうだ? この資料を書くことだってできるのかもしれない。


「フッ……」


 そんな思考をしていて思わず笑ってしまった。

 

 俺は……本当にあいつのことは何にも知らないのだと改めて気付いた。親父が持っていた知識、趣味なんて何ひとつとして知らない。

 当然だけどな、あいつと一緒にいた時間なんて毛ほどもないのだから。すべて推測の域を出ない。


「でも……やっぱり……あんたなのか?」


 俺は動物分類法の資料があったほうに身に目を向け、知らないうちに呟いていた。その奥から再び湧きでてくるごった煮の感情。だが、涙が出ることも発狂することもない、静かに……静かに……俺は問うていた。そして、拳を強く、ただ握り締めた。


「だとすれば、あんた。……家族を置いてひとりでなにしてたんだよ……」


「……ユウト……?」

「あっハハッ……気にするるなよ。次、行こう」


 既に歴史家がこの一般公開の場所からひとつのドアへと向かい始めている。サナは俺を心配してくれているのだろうけど、俺はとにかく気にしない以外の選択肢はないと割りきっている。さっさと歴史家の後をついていきながら次の場所へと向かった。

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