第七章 歴史と伝説(3)
サナが紹介してくれた歴史家は人竜種の人だった。
ワイバーン討伐のとき、サナに連絡をよこした地方庁の人も同じ人竜種だったが、その人と比べると随分と年を取っているように見える。しかし、歴史家は元気よく歩きながら部屋へと案内してくれた。
人竜種は恐竜の一種であるトロオドンの近縁種。鳥竜綱、恐竜上目、竜盤目、獣脚亜目、テタヌラ下目、類人竜小目に属する。そのなかにトロオドン科やらジンリュウ科があるらしい。
トロオドン科としてはトロオドン・フォルモススとか、メイ・ロンが有名か。トロオドンは極めて鳥に近い獣脚類として知られる。
体重に対する脳重量比がダチョウ以上。正面を向いた目、手首をねじることができる非常に器用な手から知能が高かったと推測されている。
人竜種の歴史家は俺たちをソファに座るよう促してくる。俺たちはそれにしたがい座り込むと、歴史家はテーブルを挟む向かいのソファで腕を組みながら俺のほうに顔をじっと向け始めた。
俺を観察しようとしているのは明らかで首を器用に動かしてくる。だが、しばらくすると歴史家は力が抜けたようにだらりとソファの背にもたれかかった。
「で、君がヤオガミ・ユウセイの子供だって?」
その一言は「俺は信じないぞ」と言っているようだった。
「別にそうと決まったわけじゃないですよ。たまたま同姓同名……同名の別人だって可能性だって十分ありますし、まず俺自体が信じてもいないんですよ」
同姓同名をあえて言い換えたのは姓、苗字がこの世界ではないから。逆にそう考えてしまうとより、同一人物じゃないのか、ってなってしまうのが不本意だが。
「そりゃ、そうだ。わたしだってそう簡単に信じる気はない。君が子供だなんてな」
予想どおり歴史家は早速俺のことを否定してきた。……正しくはサナの見解を否定してきたというべきか。
レクスが何やら歴史家の発言に対して本能的に主人を馬鹿にされたと思ったのだろう、唸りをあげながら歴史家を睨むのを俺がゆっくりなだめていく。
「大体、君が平行世界の人間で、ヤオガミ・ユウセイも同じ別世界の人間だったと? はっきり言おう。神話と歴史をごったにしないでくれ。
確かにひとりであれだけの思考をしたというのならとんでもない人物だっただろう。それこそ、神話に出てくる八尾神様みたいな神様だったかもしれないし、平行世界の人間だったかもしれないな。だが、おとぎ話にもほどがある。
わたしはヤオガミ・ユウセイというのはひとつのグループの名前だっただろうと考えている。
当時としてみれば飛び抜けた思考回路をもつ人たちが集まり、ひとつの存在として世界中にその考えを広めていったのだとすれば、歴史としても人の能力としてもつじつまが合う」
正直、俺は歴史家の言うことのほうがずっと現実的だと思った。自分の存在を完璧なまでに棚に上げることになるが、そのほうが実にまともな考え方だと思う。
「で、でも……ユウトは明らかに骨格が……!」
「それはあくまで生物学者としての見解だろう? 歴史学者として考えればそんな話を「はい、そうなんですか」と認めるられるものじゃない。
小娘とはいえいちおう、同じ学者という立場なのだからどこまでが許容範囲なのかぐらいはわかるだろう?」
サナはそれきり、黙り込んでしまった。まあ、言い返せまい。いくら言おうと科学を担うひとりが異世界だの平行世界だのいうのはファンタジックにもほどがある。物理学者ならまだしも、歴史学者、動物学者がそう公に発表できる見解ではない。
「では、あなたは立場上としてユウトをヤオガミ・ユウセイの子供だということは決して認める気はないと?」
「そういう事だ。君みたいに柔軟に物事を考えるのも大切かもしれないが、わたしにはどうあがいてもそれを認めることはできない」
実に冷徹な返答。何ひとつ意見は変えないという意思がはっきりと伝わってくる。もちろん、それはただの頑固ジジイなどというチープなものじゃない。だけれども、俺はこの歴史家の言葉を聞いているとどうしても腑に落ちない部分が出てきた。
「じゃあ、あなたはどうして俺をここまでこさせたんですか? サナからの話だと昨日、俺のことをあなたに話したらしいじゃないですか。
ヤオガミ・ユウセイの子供らしいという話から、ご丁寧に平行世界から来たとホラ吹いている事実まで。そのうえで俺をここに呼んだ。
正直、そこまで一方的に否定するんだったらわざわざ俺を呼ぶ必要なんてなかったでしょう。それとも、俺のホラ吹きを聞いて笑いたかっただけですか?」
「そのとおりだ。ホラ吹く奴の顔を見てみたかっただけだよ。あまりにもバカバカしい話をする奴なんだ、興味がわかないほうがおかしい。何より、聞いて笑える」
「……本当にそれだけですか?」
おどけて返してくる歴史家に声のトーンを落とした質問でさらに漬け込んだ。俺がじっと人竜の目を見ると同じように奴も俺の目をじっと睨んできた。
サナがその光景についていけないようで妙に怯えるレクスを抱き寄せながらあたふたする。
だが、俺はこの歴史家を睨み続けた。歴史家ともあろう人が赤の他人のホラ吹きを聞いて笑うためだけにわざわざ呼ぶのか? 違うだろう、この人には意図がある。その実にピリピリした空気を破ったのは歴史家の放つ吐息だった。
「実にいい目と勘をしているよ、君は」
歴史家はそういうとゆっくりソファから立ち上がり、後ろに配置されている机に向かいだした。実にゆったりとした動きで、体からイライラしている様子はいっさいなかった。
「別に……話だけして帰れ、なんて言っていないだろう。君を認める気はないがな」
歴史家が手にとったのは机の上にあった紙束の一枚と鉛筆だった。机から再びソファの上に戻ると俺たちの間にあったテーブルの上に紙を静かに置く。
「さて……テストだ。君の名前を書きたまえ」
「テス……名前? 俺の?」
歴史家が紙を俺のほうにスライドさせ鉛筆を差しだしてくる。最初、自分を指さし俺に向けての発言なのか確認を取ったあと、その鉛筆を取る。
あまりに唐突だったのでどういう意図があるのかわからず、首をかしげながらも紙に左手を添え、書く準備を始める。
「本名で書けよ。君のいた世界で通っている名前の書き方だ」
「……本名……」
左手を紙に添えたまま手をピタリと止めて歴史家の顔をもう一度見上げた。聞き間違えかと思ったが、確かに「俺のいた世界」だと言った。
「信じたわけじゃない。信じるわけにはいかない。でも、いいから書け」
そう言われれば書く以外なかった。サナやレクスが見守るなか、紙に鉛筆を走らせていく。そういえば、自分の名前を書くのは久しぶりだった。
だけれども、当然覚えており自分の名前はすんなりかけた。ユウト……違う、本名だ……漢字で書かれた。
『八尾神悠斗』
その五文字も書き終えるとゆっくり鉛筆をテーブルの上に起き、紙から手を離した。サナが横から驚くように俺の名前を見てくる。
「八尾神様だ……」
一方で歴史家は俺の名前が書かれた紙をひったくるとじっと見てきた。だが、すぐに目を閉じ、紙を四つ折りにする。そのままおもむろにゴミ箱に放るとボソリと口を開いた。
「付いてこい……。見せてやる。そのペットはここで留守番させろ」
「「ふぇ?」」
唐突に来たありえない誘いにサナと一緒に間抜けな声を出してしまった。
「一般公開されていない資料も含めて見せてやるっていってんだ」
次に続いた言葉もまた予想外の言葉。だが、サナはすぐに深く腰を折った。
「ありがとうございます!」
正直俺は歴史家に感謝する必要もないのだが取りあえず空気的に会釈しておき、レクスをここで待たせるように指示すると歴史家の後に付いていった。
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