第七章 歴史と伝説(2)

 ……いつの間にか眠りについていたらしい。鳥の鳴き声が耳にかすかに届き、意識が戻り始める。

 どうやら布団を頭までかぶったまま寝ていたらしく、枕はベッドから落ちていた。布団から顔を出すと瞼に光が入ってきてゆっくり目を開ける。既に朝日は昇っており俺は布団からゆっくりと這いでた。


 まだ眠たいのをなんとか我慢して脚を床に下ろしベッドに座る。なんだが、寝ていたはずなのにドッと疲れた気分だ。ものすごく、気分が重い。それもそうだ。結局、いくら叫ぼうと俺は親父に対して文句すら言えない、気持ちを晴らす場所すらないのだから。


 とにかくひと晩寝て気持ちも少しはリフレッシュできたと思う。いくらいったって六百年前、今は死んでいるのだから、俺にはなんの関係もないのだよ、それが本物の親父だろうがなかろうが

 というか、心の底からどうでもいい、死ぬほどどうでもいい、本当にどうでもいい。


 体を起こすと床から心配そうに俺の顔を覗き込んでくるレクスがいた。今の俺にはレクスがいる。それ以外のことなど俺にはどうでもいい。


 気持ちを紛らわすようにレクスの頭を撫でていると、ドアに三回ノックの音が聞こえた。


「ユウト起きてる?」

「ああ……起きてるよ」


「……大丈夫なの?」

「……ああ、大丈夫だよ」


「入っていい?」

「……ああ、いいよ」


 そんなやりとりの後、ドアがゆっくりと空き、俺の部屋に入ってくるサナ。俺は顔をその入口にいるサナのほうに向ける。

 いちおう俺は笑顔のつもりだったが、サナは妙に怪訝そうで心配するような表情に変えてきた。


 まだ、ひきつった顔だったのだろう、「大丈夫?」とまた声をかけられ、今度こそ口角をあげながら「大丈夫だ」と返事をする。


「そう……」


 サナは優しい声でそういうと静かに俺の横に座り込んでいくる。そのまま、顔も合わせずにいるとサナがゆっくりと喋り始めた。


「昨日さ……ある歴史家と話をしてきたの。このオールトにヤオガミ・ユウセイ専門の歴史家がいてね。一部を歴史資料として一般公開する資料館も運営している人なんだけど。


 そしてさ……今日、ユウトを連れてきて欲しいって。だから……一緒に……いかない? あたしにできるのはこれぐらいだからさ……ってあたしのおかげじゃないか」


 歴史家……ヤオガミ・ユウセイ……。行けば、何か知れるかもしれない。でも、知りたいと思えない。知ったところで……。


「俺は……行かなくても……いい」

「よし、行こう!」


「え? ……ちょ……え?」


 俺の回答などまるで無視して立ち上がると手を俺に向けて差しだしてきた。もう一度「行こう」と言って腕の先にある手を俺にもう一歩近づけてくる。


「とりあえず……とりあえず行ってみようよ」


 とりあえず……か。そうだよな、動かなきゃいけないよな。俺だけの物語は俺が進めないかぎり決して動くことはない。俺が止まっていても俺だけの物語はけして進まない。俺だけの物語を進めることができるのはサナでも親父でもない、紛れもない俺なのだから。


「……ああ、行くよ」

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