第七章 歴史と伝説

第七章 歴史と伝説(1)

 オールトの街に帰った俺はただ、布団の中にこもっていた。何がなんだかわからない。いあままでのわからなさとは根本的に違う、俺は今、どうすればいいのかわらない。


 なんなのだ……八尾神悠聖って奴は、八尾神様って奴は? ヤオガミ・ユウセイってやつは、俺の親父は……なんなのだ!? くたばったんじゃねえのかよ!?


 俺と母さんを置いていきひとり逝ったんじゃねんのかよ!? むしろ、逝って欲しかった! どんだけ母さんが苦労したと思っているんだ!?

そんな奴がこの世界に来て天才哲学者ぁ? 神様? ほざけ! なんで生きていて……この世界に来ていたんだ!?


 いや、違う! あいつは死んだ。死んだ。死んだ。大体この世界での六百年前だぞ。別人に決まっている。同じやつなんかじゃない。違うんだ……あいつはもう、死んだんだ。


「死ねーーッ!!」


 この世界でもヤオガミ・ユウセイって奴は偉大な人物なのかもしれない。だが、俺の親父など偉大さの欠片もない。別人だ。別人なんだよ!


「ユウト……」

「ハッ……!」


 サナの声が俺の思考と布団越しに聞こえてきて、ピタリとすべてが止まる。だが、逆にすべてが止まると同時に枕に水滴が落ちた。俺の目から……一粒の水滴が落ちていた。


 なんで……涙なんか流れている?


 自分が今、どうか感情を持っているのかすら分らない。言葉にできない、まるで理解できない。

 いろいろ混じりあった複雑で異様な感情が俺の胸を奥のほうから抉っていく。思考が停止たと同時にその抉る感情に押され、瞳に途方もなく熱いものが広がっていく。


 そんなとき、布団の向こうから何かの感触に包み込まれた。数十秒と時間を得てそれが布団越しにサナが俺を抱え込んでくれているのだと気付く。

 ただ、俺は何も動けなかった。枕に顔を当て、布団の中にある暗闇に身を投じ続ける。

 ただ、自分だけの……世界を作りたかった。自分だけの物語……自分だけの殻。


「わかる……わかるよ、ユウトの気持ち?」

「わかる? 何が? 俺にもわからねえんだよ……」


 自分だけの世界は作りきれずサナの言葉が入ってくる。わかる? わかってたまるか! この奥を抉っていく入り混じった感情を!


 だが、サナの包み込む力はギュッと増した。


「あたしだって……そうだよ。もし、死んだ親が生き返ったら……実は死んでいなくて生きていたら、なんてしょっちゅう考えてる。

 でも、実際にそれが起こったとしたら混乱するよね。実際に生きていた親に会って、ううん。会わなくてもいい、生きているって知らせを聞いたらあたし、きっと泣きじゃくって今までしてきたこと全部投げだしたくなると思う。


 ユウトは実際にそうだったんだもの。六百年前……たとえ今こそ死んでいたとしても、自分が死んだと思っていた親が、この世界に渡ってなおも生きていたんだって知ったら、混乱して、泣きたくなって……。

 でもさ、最終的に浮かぶ思いは……うれしい、そして会いたい。たとえもう死んでいたとしても、会いたいって思ってしまうんだよ。


 今までずっと抑え続けていた感情が……はち切れるの。詰まっていた栓がポンって弾け飛んで感情の海に溺れるの」


「違う……会いたいなんて思っていない。嬉しくなんか……ない!」


 必死に反論をかましたが、サナの抱え込む力が緩むことはなかった。


 結局、反論した俺自身ですら、本当に違うのかもわからない。複雑すぎてそんな感情ではないと本当は否定すらできないのだ。

 でも、そんな感情なんてない、あるわけない! ただ、そういう先入観、思い込みでやり過ごさないと自分を保つ自身がない。


「あいつは死んだんだ」

「ええ、今は死んでいる。でも、ユウトが死んだと思っていたときは生きていた」

「死んでんだよ、別の世界に行った時点でな……大体、あいつはこっちの世界に来てもない! こっちの世界のヤオガミ・ユウセイとは別人で、俺は懐かしくも嬉しくもないん……だよ」


 強く言葉を発し続けるのはここが限界だった。ただ、溢れ抉り、自身のすべてを飲み込んでいくような感情は言葉や思考すら奪い去り俺を布団の中の深い闇へと落としていった。

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