第六章 数多の地域(6)

 やっぱり一番の疑問点は解決しない。満を辞してその質問をぶつけるとミウナキが俺の所にまで歩いていきた。


「言葉を話す条件は四つをいわれています。まず、音に意味を持たせること。つまり意味ある単語を使うということです。

 ラードーンは二十種類以上の鳴き声を場合状況で使い分け、ラードーン同士その違いで意味を察します。


 次に音の羅列を区切られること。ラードーンは求愛に独自の歌を作りだします。親から聞いた歌をそのまま使うのではなく、色々なラードーンが歌う歌からフレーズを抜き取り、自身でつなぎ合わせ独自の歌に作り替える。

 つまり、音の羅列を区切る能力があるわけですね。


 そして、上下関係によって泣き方を使い分けます。ラードーンは自分より位の低い相手には低い音で、自分よりもお偉い相手には高い鳴き声を発します。

 自分の部下に対して偉そうにして自分の上司には愛想よくするということですね。ユウトさんもやるでしょう?」


 …………。


「最後に発音を新たに学習ができること。ラードーンはほかの動物の鳴き真似をします。それにより、警戒をなくし近寄った獲物を捕食するんですよ。

 インコをイメージすればいいです。インコは人間の言葉を真似るでしょう? 


 ラードーンは本来、はるか上空を飛び回るため、息のコントロールができます。つまり、新しい発音を学べる条件はそろっています」


「つまり、ラードーンは人間にかなり近い……もっといえば言葉に近い鳴き声を使う生態を持っているわけね。

 そして、六百年という長い時間、人間の隣で生きてきたというのもある。


 ただし、それでも言葉を単一個体が一生の間に言葉を理解ししゃべるようになる確率はものすごく低い、このヒドラが喋ることができるようになったのは奇跡としかいいようはないけどね」


「喋るのは真ん中の俺だけだがな。右端、左端のこいつらはそれぞれが三つの頭すべて同じ体につながっている自分だということは理解しているが、そこまでだよ」


「「ガァアアアア!!」」

「るさい、黙ってろ!」

「ギャン!!」

「ガァウ!!」


 その真ん中の顔が左右の頭に頭突き。ふたつの頭が地面に垂れて一気に大人しくなる。


「見てのとおり、真ん中の頭が一番影響力強いらしいね。おそらく、体を動かす意思の優先権も真ん中にあるだろうという研究の結果もでている」


 ひと通り説明が終わるころ、ヒドラの真ん中の頭がゆっくりとサナのほうに近づいてきた。


「で、今日は俺になんのようなんだ?」


 サナは「ああ」と呟きながらコホンッとひとつ咳払いをいれヒドラに向き合った。


「ジンがハロー地方を出たんだんですけど」

「ああ、知っている。カイパーベルトにも来たからな」


 最後までサナが言いきらず、さらりとヒドラは答えた。


「……なら話は早いです。ここ六百年の間にジンがハローを出たことはありましたか?」

「フッ、ここで一生を過ごしている俺に聞くか? 

 知らんな。ただし……俺の頭上に”あいつ”が来たのは六百年間で初めてだった。他のエレメンタルなら散々見かけたんだけどな。少なくとも人間の歴史のなかでジンがハローを出たというニュースは今回が初めてだ」


「ここの真上にまでジンはやってきたんですか?」


「ああ……しかし、随分と弱っていたように見えたな」

「弱っている……そうか。オールトの討伐隊による撃退の影響が残っているのか」

「言っておくが原因など俺にはわからんぞ」

「あ……そうですか」


 サナはすぐにしょんぼりしたように俯いた。実際、聞こうとしていたのだろう。まあ、確かに言葉を話せるほど知能があり、六百年も生きている生物というのなら何か知っているかも、と思っても仕方がないだろう。

 むしろ、結構知っていると考えるべきか。


 なんて思っているとヒドラの真ん中の頭が今度俺のほうに近づいてきた。


「な……なん……ですか?」


 鼻息が俺の髪を揺らすぐらいにまで近付く。呼吸をコントロールできるなら、近付く間ぐらい息を止めて欲しいものだ。

 しばらくして顔が少し離れる。


「そこの少年……どこか見覚えがあるな……この匂い……どこかで嗅いだ……」


 そのヒドラの発言に俺たち三人は互いに顔を見合わせた。見覚えなんて……少なくとも俺はないのだが。匂い……? 

 気になり俺は自分の腕をそれとなく嗅いでみる。


「しかし、妙に懐かしい雰囲気があるな。ハッ……そうか……」


 急に目を閉じ静かになるヒドラ。何がそうなのかわからず、俺たち三人が次のヒドラの言葉を待つ。するとヒドラはゆっくりと、本当に静かな声でこういった。


「少年、ヤオガミ・ユウセイの……子孫だな」

「ッ!!!?」

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