第六章 数多の地域
第六章 数多の地域(1)
俺はもう八尾神様とかいうのは気にしないことにしていた。いくら気にしても意味がない。はっきり言って偶然だよ、偶然。
俺が平行世界に飛ばされた現実が既にあるのだからそれぐらいの偶然ぐらい普通にあるさ……あるに決まっている。俺にはどうでもいいことだし。
「じゃあ、あたしの研究に付き合ってくれるって話でいいのよね」
「おう、他にすることもないしな」
あれから俺はこれからのことを考えていた。母さんのことを考えても何も変わらないという覚悟はもう持った。だからこそ、俺はサナの手伝いをすることでこの世界で生きていくための一歩を歩もうと思ったのだ。
無論、俺の苗字が八尾神だってこと、神話を読んだことはサナには伝えていない。そのことは一旦完全に封印してこれから始まる自分だけの物語を大切に進めていこうと思う。
早速俺はサナ、ミウナキに連れられてエッジワース地方を渡った先にある北の大地に来た。どうもハロー地方というらしく、特にここはキアノース・レクテスの主な生息地だと聞いている。
俺たちは運転手付きの借りソラクジラ(おそらくスカエールの一種だが街にいたあのスカエールよりはかなり小柄でシャチ並み)に乗って空を遊覧している。
レクス本人も本能の血が騒ぐのか自分の本来の故郷である場所に興奮気味だ。何度も羽を羽ばたかせ、ピョンピョンと跳ねている。
もう、今にも飛びだしそう。ただ、サナが言うには体内に宿すフロトプシケを操る感覚を得ないと飛べないらしく、もうしばらくかかるという。
「運転手さん、そういえばこのあたりにいたジンって今はいないんですよね?」
サナが運転手の所に身を乗りだしながら言う。
「そうですね。ここ数週間……もうかれこれ一ヶ月ぐらいハロー地方から姿を消しています。環境が変化して混乱状態に陥らないか、地域中の人々が懸念を抱いている状況です。
少なくともわたしが知るかぎりジンがこのハロー地方から出たのは初めてのことですからね」
一ヶ月か……俺もかれこれこの世界に来て一ヶ月ほど立つな、心のどこかで思ってしまう。
「エレメンタルはそのときの気象にも影響しますからね。ずっととどまってれば生物はそれに依存するように生態面を変化させていきますし大変でしょう。
ただ、ジンがそもそも例外的だったとも言えるんですけどね。ひとつの地方にとどまるエレメンタルなんてジン以外いない」
今回この地方に来た理由の主はこのジンのことについてらしい。サナが話しているとおりジンがオールトにまで出現して今は別の地方にとどまっていると聞いている。なんでも今はオールトでの戦闘で負傷した……というよりも減少したエネルギーを回復させているらしい。
「そもそもだけどさ、エレメンタルってジン以外、何がいるんだ?」
「え?」
何も考えず質問をしてしまい、運転手がびっくりしたように俺のほうを見てきた。
「お客さん、ご冗談を。たとえ自分の街から出ない田舎ものだったとしても話ぐらいならいくらでも耳にするでしょう。
海でウンディーネのポセイドンに出会い、荒れ狂う波に飲み込まれていったといわれるたくさんの旅人。
一晩で街の屋根をことごとく吹き飛ばしたシルフのフウマジン。
もちろんいい恩恵もありますよね、干ばつ時にウィンデーネのレインが現れて水不足の危機を救った、暗く寒くここえ死にそうな遭難者がロートのホーリィにあって光の恵みをもらったなんて話もありましたよね。
有名なのもあるでしょう」
「あ、ああ、ですよね。冗談です」
いう割には結構教えてくれた運転手にごまかしながら礼を言うとサナが運転手から話すように後ろに連れていかれると耳打ちしてくれた。
「エレメンタル目にはそれぞれエネルギーを持っていて、水のウンディーネ科、風のシルフ科、雷のレギ科、光のロート科、そして火のサラマンダー科がいるのよ」
「なるほど、その説明と運転手さんの説明でそれとなくわかった」
要するに生きる天災ってわけだ。俺の価値観からすればエレメンタルが生きていると表現するのはすごく不自然に感じるが……まあ、この世界じゃそういう生物もいるってことだ。実際に俺もサラマンダーのジンを見ているのだ。信じる他ない。
そのままスカエールに乗りながらあたりを見ていると急にレクスが騒ぎ始めた。ある一定の方向に顔を向けながらピョンピョン跳ね飛ぶ。何かと思い、そのレクスの視線の先に焦点を合わせるとある動物が空を飛んでいた。
「わぁ、キアノース・レクテスの夫婦ね。子供も連れているわ」
バサリバサリと翼をはためかせながら大人二体、子供一体の群れで空を飛んでいる。子供のほうはレクスよりも大きいだろうか。全長一メートルは越し始めているようにみえる。
「クァ! クァ!」
そのキアノースの親子に向かって鳴き声をあげるレクス。その姿を見ながら少し切なく思えてきた。本来ならこいつもあんなふうな幸せを得ていたはずなのだ。それはサナも同じようで少し複雑そうな顔をしているように見える。
だが、ミウナキは鳴き声をあげるレクスをゆっくりと撫で始めた。
「仕方ないですよ。いくら同情してもキアノースには別の子供を受け入れることはまるでできない種。自然界で親代わりを探すこともできません。
あの親子にレクスを入れてあげることももちろんできない。だったら、ユウトさんが……もちろんわたしもできるかぎり手助けしますので、できるかぎりの幸せを与える必要があると思うのです」
ポンポンとレクスを撫で続けるミウナキ。だが、レクスは嫌がるように体を避けると軽くミウナキに威嚇し、俺の胸にまで飛び込んできた。
慌ててしゃがみ込みレクスを抱き抱えると再び立つ。レクスは嬉しそうに鳴き声をあげながら顔を俺のほうに埋めてくる。
「少なくとも、今のレクスは幸せそうですよ。わたしに懐こうとはしませんが……」
「……そうだな」
俺はレクスの頭を撫でながらつくづくこいつの親なのだなと思った。
その後、俺たちはいたる所で地上に降りては様々な生き物の生態調査を行っていった。主な目的はジンがいなくなったことにより生物に危機的状況が起きていないか。何かしら狂っている箇所は存在しないか。ハロー地方内を文字どおり飛び回ってチェックしていく。
結果的にさほど問題視するほどのこともなさそうという結論にいたる。人間の生活にも大きく影響を及ぼさないだろうとサナは言っていた。
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