第五章 半破空間エッジワース(5)
言いすぎたのだろうな……、既に自分の親が死んでいるサナとまだ平行世界の先では生きている母親。俺からすればどっちも会えない状況であってもサナにとっては違う。
でも、俺だって……親父はとっくの昔に……それこそ、平行世界に戻っても会えることはない。もっとも会いたくもないか。
俺は町の公園にあったベンチに座り込み、天を仰いだ。視線の先にあったのは太陽が出ており、いい天気であるはずなのに薄暗い空。そしていくつか浮かんでいる岩。俺今……とんでもないほど、訳のわからない世界でひとりぼっちだ……。
「クゥゥ……」
なんて思うのにまるで自分もいるよというように鳴き声をあげたレクスの頭を撫でる。
「そうか……お前がいるか……」
だが、レクスはもう一度同じような鳴き声を発した。幾分元気がなさそうで覇気のない鳴き声。心配になり視線を落とすとそこには凄くぐったりしているレクスの姿があった。
「おい、どうした? おい、レクス!」
「クゥゥ……」
そういえばとあたりを見渡す。たまたま公園には時計があり、それを見て昼食時だということに今気付いた。レクスは腹が減っているのだ。
それに本来、キアノース・レクテスはエッジワースの動物じゃないことも知っている。空腹状態に子供というのも重なってレクスにはこの空間が辛いのかもしれない……。
でも、幸い店ならあちこちにある。
「待ってろ、ソーセージかなんか買ってやるから……って、あ」
そうだ、俺は一文なしだったのだ。すべてサナに出してもらっていた俺はここで買い物することすらできない。ちっくしょう、やっぱりこの世界でひとりぼっちだだな、俺。
ぐったりしているレクスを腕に抱え自分のやりきれなさにため息をついた。子供が腹を空かしてぐったりしているのに、なにも与えることができないなんて……親失格だよ。
とにかくどうにかしないとと思い、店をひたすら見ていく。するとある人魚種のおばさんが声をかけてきた。
「さあ、お兄さん。美味しいソーセージあるよ、味見してみる?」
下半身は肺魚を思わせるような肌に尾ビレ。地面を蛇みたいに這うことができる。上半身はかなり人猿などほかの人間と同じようなシルエット。
サナから聞いていたところ、魚上綱、肉鰭綱、ニンギョ亜目に属しており肺魚に近いらしい。
俺のいた世界では同じ肉鰭綱である肺魚やシーラカンスから四肢動物が派生していったことを考えると、この人魚種は見事な六肢動物と魚類の中間的な存在といえるのだろう。魚類だが、特徴としては水辺の依存率が少なく両生類以上に陸生動物に近いらしい。
「ありがとうございます、じゃあいただきます」
爪楊枝に刺された一切れのソーセージをおばさんから受け取る。しかし、当然俺の口には入れず、レクスの口元にやった。レクスは匂いを嗅ぐ動作をするとすぐにぱくりと食べてくれた。
「あ、あんたペットを飼っているんだね。ワイバーン……キアだね?」
「あ、はい。キアノースです。って、あ、すみません!」
「いやいや、構わないよ。さすがに自分の口よりペットの口にすぐ持っていったのは度肝を抜いたけどね」
「本当にすみません……ちょっといま手持ちがなくて餌を買おうにも買えなくて」
「あら、そうなんかい……しかし、随分ぐったりしているねぇ。見た感じ、まだまだ子供だろう? お腹が減ってこの空間の環境に疲れたのかもしれないねえ……」
「多分……その通りです」
本当にぐったりしている。ソーセージの一切れを食べたぐらいじゃ、腹が満腹になるはずもない。そんな姿をおばさんが見ていたが、おもむろに何かをあさりだした。取りだしてきたのは一本のソーセージ。それを俺のほうに渡してくれる。
「内緒だよ、誰にも言わないように。こっそりあげるから。言っておくけど、お兄さんのためじゃないからね。キアのためだから。キアにあげなさい」
「あ、ありがとうございます!」
もう感謝しかない。優しい人魚種のおばさんに何度も礼をいってからソーセージを手頃なサイズにちぎってレクスにあげていく。
最初はレクスも疲れていたのか食べるスピードはそこまで速くなかったが次第に変わる。最後のほうは俺が差しだす物すべてペロリと食べきった。
「あんた、キアの飼い主なんだろ。だったらちゃんとしっかり面倒見てやんないと。この子にとってもあんたは大切な親なんだよ。気をつけて育てなさいよ」
「はい、面目ないです」
そうだ、今はレクスの親なのだ。だったら、親に会えないからって変に感情的になっている場合じゃない……、親……なんだから。
「あ! ユウト! いた!」
ふと向こうの角からサナの声が聞こえた。その方向を振り向くと向こうから大きく手を振って駆け寄ってくるサナがいた。俺の所まで来ると息を切らしたのか、肩を大きく上下させながらひと呼吸を置く。そして、大きく息を吸って俺の前に顔を出した。
「探したんだから」
「あ……そう……か」
「言っておくけどユウトが心配というよりもレクスのこと。レクスがお昼時だってことを後から気付いて急いで探し回っていたのよ。
まだ子供だから空腹状態だとこの空間に耐えられないかもしれないからね……ってあれ? ぐっすり寝てる……」
「へ?」
慌てて視線をレクスのほうに落とすとレクスは寝息を立てて俺の腕の中でお昼寝中だった。
「ああ、このお店の人にソーセージもらって、それを食べたからかな」
「ええ? あ、そう。ごめんなさい、すぐにお支払いします」
隣にいるおばさんに遅れて気が付いたサナが財布を取りだそうとするが、おばさんはそれを丁寧に断っていた。
「そんなのいいから、あたしのおごりだよ。それより、二人で飼っているのかい? じゃあ、キアのお父さんとお母さんだね。しっかりしなさいよ!」
おばさんはサナの背中を力強く叩くと店番のほうに戻っていった。
その後、俺とサナはホッと一息つき、近くの公園のベンチに座り込む。静かに寝るレクスを撫でているとサナがゆっくりと声を絞りだしてきた。
「なんか、レクスには悪いことをしたね……。あたしの親が死んでいようと、ユウトが親と会えないだろうとレクスにとっては関係ない。レクスにとってはあたしたちが親なんだから。しっかりしないと。少なくともレクスにはあたしのような思いはして欲しくない」
「ああ……そうだな。それと……サナ……言いすぎた、ごめん」
サナは一瞬驚いたような顔をするがすぐに首を横に振った。
「あたしこそごめん。あたしの価値観ばかり押し付けてユウトの気持ち考えなかった」
その後、俺とサナは向かいってふふっと軽い笑みをこぼし合うとゆっくり眠るレクスを見守ってやった。
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