第五章 半破空間エッジワース(4)

「正直、無理だね。どうしようもない」


 サナの知り合いと紹介された年老いた人蝙種のじいさんはサナの話を聞くや否やはっきりそう告げてきた。

 狐みたいな顔つきでどこかオオコウモリを匂わせる人蝙種。六肢を保ったまま進化を続けたため、翼を背中に生やしている。だが、毛並みは随分とボロボロで体の雰囲気からもかなりいい年した方なのだとわかった。


 人蝙種は翼手目。コウモリ亜目と並んで類人蝙亜目があり、類人蝙上科にヴァンパイア科、ダンピール科、ニンヘン科があるらしい。小悪魔上科にインプやインキュバスもいるとか。


 で、そのじいさんだが、お茶みたいな物を入れながらあまりに何も迷うことなくストレートに否定してきたのだ。

 いきなりサイン無視の直球勝負に俺が慌ててフォローに入る。


「あの……冗談だと思っています? 俺、本当に別の世界から来たと思ってるんですけど」

「レイトさん、あたしもユウトの骨格からその可能性は十分あると考えてるんです」


 レイトと呼ばれたじいさんはヨボヨボになった自分の背中に生えた羽をいたわりながらゆっくりとソファに座り込み、大きくため息をついた。


「それは否定しない。だが、どうしようもない」


 レイトは俺たちの前にお茶が入ったカップを出すと自分は一口すする。


「君が話してくれたその平行世界の事は本当におもしろいと思ったよ。興味もあるし何よりもそれなりに理にかなった話だった。でっちあげた空想話にしては電気やら情報社会というシステムにはリアルさを感じたからね。むしろ、どちらかといえば信じかけているよ」


 言い終わりもう一口お茶をすするとカップ机の上に置く。


「それに平行世界の存在だって否定しきれるものじゃない。計算の仕方によればこの世界と重なり合った世界が存在してもおかしくないことにもなるし、逆に世界がひとつだけだと言いきれる証拠なんてまるでそろえるのは無理だからね。


 もし、ある特定の時間でふたつの違う事象が起こればその時点でふたつに枝わかれ平行世界が出来上がることでもある。

 まあ、これはどちらかといえばむしろまだ哲学の分野か。でも、思考実験の段階より先にはまるで進んでないが、この世界の物質を構成する最小単位、いわゆる『量子』の世界なら、なにが起こるかわからないというのが現状だ。どちらにしてもわたしには君が言うのを否定しきることはできん」


「じゃ、じゃあ……」

「いくら平行世界があるとわかっても渡る方法なんてわたしにわかるわけがないだろう。もし、そんな実験が既に成功していたとしたら、公表されるか、されなければここで君たちに結局教えることはできないだろうしな」


 まあ、そりゃそうだろうな。

 隣にいるサナは幾分悔しそうに手を握り締めている。


「でも、あたし……何とかしたいと、本当にわずかな希望を求めてレイトさんの所へ」

「ならその希望は儚く散ったな。必ず叶うとは限らないから希望という」


 レイトに言いきられショボくれるサナ。そんな姿を見て少し同情したような優しい目をしたレイトは手を差しだした。


「まあ、とりあえずお茶でも飲むといい。冷めるぞ」


 そう促され俺は「じゃあ、いただきます」と口にお茶を入れる。味、舌感覚は殊のほか《お茶》だった。サナはそれでもお茶を口につけようとはしない。


「どうにか……方法はないですかね? ユウトが帰れる方法」

「わたしにはわからん。物理にとらわれず幅広く考えれば少しは道が開かれるのかもしれんがわたしにはあいにく頑固な頭しかなくてなあ。その頑固さゆえにこれから世界の常識が変わるかもしれないなんていわれている『量子』はてんで理解できんのだがな」


 じいさんは高笑いをして自虐に走るがサナは相変わらず、妙に暗い顔をしたまま顔をあげようともしない。ついには俺の膝の上にいたレクスすら心配して「クァ?」と鳴きながらサナのほうを覗き込み始めた。


「どしたんだ、サナ? 随分いつもと雰囲気が違うぞ? とりあえず、俺が言うのもなんだけどお茶飲んだら。残すのもまた失礼だろうしな」


 と言ってから日本での常識がここでも通用するとは限らないだろうと思いだす。日本っぽいが日本になりきれていない世界。必ず通じるとも限らない。

 だが、サナは普通に頷くとコップに注がれたお茶を一口でクイッと飲み干した。


「どうする? おかわり注ごうか?」


 レイトが気をきかせて言ってくれるがサナは無言で首を横に振る。俺も結構だと告げるとしばらく無言の時が過ぎた。


「サナ、もういいよ。帰ろう。これ以上進展もなさそうなのに時間ばかりつかっちゃレイトさんにも申し訳ないしな」

「いやあ、わたしは別に構わないけどな。サナとは学者仲間というのもあるが……わたしの遠い孫みたいなものだとも思っているからね」


「ありがとうございます……、でも……じゃあ……失礼します」



 レイトさんの家から離れしばらく歩いたがサナの様子は一向に変わる気配がなかった。


「なあ、サナ。どうしたんだよ?」


 聞くがサナは何も変わらない。ずっと無言でいるのかと思ったがふと俺のほうに振り向いた。


「ユウトは……ユウト両親に会いたいんじゃないの!?」

「え? まあ、親父は置いといて母さんには確かに会いたいけどさ」


「でしょ、じゃあ何がなんでも帰る方法を見つけなくちゃいけないのに!? 何の手がかりもない。はっきり言ってレイトさんぐらいしか、思いつく可能性がなかったのに。全然ダメだった。これで暗くならないでどうしよって言うのよ」


 そうか……サナは俺のこと思ってくれていたのか。熱くそう語ってくれるサナにジンと胸が熱くなるが、感情を押し殺して俺は首を横に振った。


「別に……無理ならしょうがない。平行世界にいる親に会うなんて、無理だ。諦めるさ」

「なんで諦めるの!? まだ親は生きているじゃない!? 生きているかぎり会える可能性はある! ゼロじゃない! じゃあ、必死になって会いたいという思い叶えなきゃ!」


「生きている……て。別世界にいる親を生きていると呼ぶのかどうかも……」

「生きているわよ! 勝手に自分の親を殺しちゃダメ!」


 俺はサナの必死な表情を見てガオウに教えてもらったことを思いだした。サナは幼いころに両親ともになくしていたのだ。確かにサナは逢いたくても会えない、なぜなら死んでいるから。

 でも、俺の親は生きているから会える可能性があるってわけか……、いや、違うよ。


「可能性なんてない。レイトさんがいったじゃないか。平行世界に渡れる術なんてないって。なら結局、サナと同じだよ。もう親と会える可能性なんてない……」

「ッ……!?」


 サナはとっさに口を閉じた。再びうつむき体をワナワナと震わせている。だが、俺が再び声をかけようとしたとき、大きく髪を揺らしながら顔を俺のほうに突きつけた。


「ユウトとあたしの現状を一緒にしないで!!」


 はっきりと言いきったサナは街のほうへと走り去っていった。

 俺は……それを追いかけることはできなかった。

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