第五章 半破空間エッジワース(2)

「ほら、悠斗。ご飯ができたよ」

 ああ、ありがとう、母さん! すぐ行くよ!

「悠斗、バイバイ」


 え? 待って、すぐ行くから待っててよ。


「バイバイ……」


 ちょ、ちょっと、母さん!? 母さん! かああさぁあああん!


「へっ、まだ母さん母さん。いい加減ママ離れしろよ」


 あッ!? 黙れ……親父!! あんたのせいで母さんが! 母さん! 待ってよ、俺をおいてかないで! おいてかないで! 母さん、俺……逢いたい!





「母さん! ハッ!?」


 俺はふと現実に戻った。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 荒れた息を整えているとレクスが俺の顔を覗き込んでくる。その頭を軽く撫でてやると俺は体をゆっくり起こした。窓から朝日が差し込んでいるので既に朝を迎えていたらしい。しかし、俺はこの寝ていた場所に違和感があった。どうもふわふわしている。


「あれ? ソファ?」


「おはよう、ユウト」

「え?」


 視線を上げるとそこにはサナの姿があった。あたりを見渡してそこがサナの部屋だということにやっと気付き、慌ててソファから立ち上がる。そのとき、かけられていた毛布が落ちた。


「あれ? 俺……」

「寝落ちしたのよ。レクスを寝かせたまま自分も寝ちゃったんじゃない。まあ、いろいろあったんだし、疲れていたのよね」


「そっか……悪いな。人の部屋で寝ちまって」

「いいよ、それぐらい」


 サナはそういうと今日の朝の分であるレクスの食事が入ったボウルを持ってきてくれる。俺はもはや躊躇することなくそれを受け取るとレクスに肉団子をあげ始めた。


「ねえ、ユウト……帰りたい? 親に会いたい?」

「へぇ?」


 突然の言葉に俺は情けない言葉を返してしまった。レクスも敏感に反応したようで食事の手を……口をとめ俺のほうに視線を寄せてくる。それに対し心配ないと頭を撫でると食事の続きをさせながら、サナの続きも聞く。


「さっき、寝言でね、言っていたから。その……『母さん』『親父』って」

「あ……、ふぅ」


 俺は目を閉じ深くため息をついた。


 親父はともかく、正直帰りたいという思いは確かに芽生えた。あのジンに包まれたとき、心の奥にあった懐かしいものが次々と浮かんできて、母さんの顔が浮かんできて……俺は……俺は……確かに、帰りたいって思ってしまっていた。

「でも……帰りたいと思っても帰れねえよ」

 自分をごまかすようにレクスを撫でながら餌を与えるのに集中する。どうやって帰れというのだ。まさか異世界行きのソラクジラが運行されているわけでもあるまい。飛行機なんてなおさらない。

 平行世界の行き方なんて、元の世界への戻り方なんて知っている奴はおるまい。


「本当のわずかな可能性ならなくはないかも」


 俺は思わず体が固まってしまった。

「期待されても困るけど、ゼロじゃないかなぁ……なんて……どうする? 行く?」


 そんな事ありえるのか? にわかに信じがたい……でも……。

 俺は少しの希望を抱きながら深く頷いた。


「まあ、レクスの人工保育が安定するまでは待って欲しいけどね」

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