第五章 半破空間エッジワース
第五章 半破空間エッジワース(1)
俺は研究所のサナが泊まっている部屋に入れてもらっていた。本来であれば少しドキドキするシチュエーションだったのかもしれないが、どうも今の俺にそんな感情は沸かない。
「って、痛い! 痛い! やめろって!」
俺の耳を甘噛みする全長三十センチにも満たないキアノース・レクテスの子供を引き剥がし床に置く。
だが、キアノースの子供は飛べもしないくせに羽を羽ばたかせ、尻尾を振りまくりキャッキャと騒ぎ続ける。そのまま今度は俺の膝の上にピョンと飛び乗ってきた。
「キアノース・レクテス……というか子育てをする鳥竜綱全般は生まれて初めて見たものを親と認識する習性がある。きっとその子はユウトを父親だと思っているのよ」
「なるほど『刷り込み』って奴か……。しかし……俺が……親父……だって? チッ」
当の本人は俺のことなんて露知らず俺の膝の上ではしゃぎまくっている。
「いいですね~。わたしにも触らせてください」
ミウナキがキアノースの子供に手を伸ばそうとする。だが、キアノースの子供は可愛いながらもはっきりした威嚇を持ってミウナキを押し返した。
「ニャ!? ユウトさんを完全に親だと信じきっていますね。どうすればわたしを母親だとおもってくれるのでしょうか」
「知るかよ。それにもしできるんだら、俺もそうしたい気分、俺が親父だなんて」
――虫酸が走る――そう言いかけたが、こいつの顔を見て最後まで言いきれなかった。こいつが俺を見る目は間違いなく純粋だ。人間が人間の都合で親を殺したのに、そこで俺が文句を言ったら、コイツに対して申し訳なさ過ぎる。大体、こいつを助けようとしたのも俺だからな。
「これからこいつをどうするんだ?」
何か準備をしているサナに問うとその準備を続けたまま返事をくれる。
「研究も兼ねて人工保育をしようと思っている。キアノースはそこまで保育が難しいわけじゃないからできると思う。だから、まずは食事を与えないと」
「おお、ミルクか」
「哺乳類じゃないんですよ」
「あ、そうか」
ミウナキに突っ込まれそりゃそうだと頷く。そのまましばらく待っているとサナがボウルに小さな肉団子をいくつか入れて持ってきた。
「子供でも消化できる栄養がたっぷり入っている。これを食べさせればいい」
サナはボウルからひとつ肉団子を取りだし、手のひらに添えながらキアノースの顔の前にまでもってくる。キアノースはすぐに反応し肉団子をじっと見つめる。さらにクンクンと匂いを嗅いだのだが、それまで。プイっと踵を返すと俺の腹に顔をうずめた。
「どうやら気に入らなかったらしいな」
「そんな~頑張って作ったのにな~」
泣きそうになり、かなりガチで落ち込みだすサナ。作り直そうと考えたのか渋々ボウルを持って立ち上がろうとしたが、ふと目を輝かせながら俺に肉団子を差しだしてきた。
「俺は食わねえぞ!?」
「違うわよ! ユウトが食べさせてよ。ユウトが出したらきっと食べてくれるから」
「そんなうまいこといくか~?」
だがサナはこれでもかと目の前に肉団子を見せ付けてくる。本当に俺に食えと言わんばかりに突きだしてくるので仕方なく肉団子を掴み取る。そのまま手のひらに転がし顔をうずめるキアノースの近くにまで持っていった。
するとキアノースも気付いたようで顔を上げると俺の手のひらに転がる肉団子へと顔を近づけた。じっと見つめるキアノース。だが、次の瞬間にはぱくりと一口で肉団子を丸呑みにした。
「おお、食べましたよ、ユウトさん! さすが親」
その後も俺が肉団子を運んでやるとパクパク食べていく。そのままキアノースは最後の一個まで綺麗に平らげた。
食べ終わるとまるで満足とでもいうように静かに俺の腕の中で眠りこけるキアノース。本当に静かにゆっくりと息をしながらコクリと眠り続けている。
「ふふっ、可愛いじゃない。名前はなんてするの?」
「名前? 俺が決めるのか? てか、必要か?」
サナにそんな事を言われ起こさないよう小声で会話を続ける。
「当然。で、どうする?」
「俺に……そんなセンスがあると思うか?」
「ユウトさん。大切なのは親が名前を決めるという事実です。別にかっこいいカッコ悪い、センスがうんぬんというのは関係ありませんよ」
ミウナキに言われ押し黙る。そう言われると俺としては返す言葉もない……俺が親で……親父で……こいつの名前を決めるってか……。
スースーと寝息を立ててぐっすり眠るキアノースの頭を撫でながら俺は情けないセンスをせいいっぱり絞りだす。といっても安直なものしか思い浮かばないがそれでいいのだろう。
「レクテスって種小名だったよな……だったら……。『レクス』でどうだ」
「うわぁ……実にどストレートで安直ですね。本当にセンスが皆無」
「どっちなんだよ、おい!」
思わず声を大きくしてミウナキに突っ込んでしまったので少し起きたのかキアノースの子供が大きく体を動かした。体を撫でながらなんとかもう一度眠りに付かせる。
「いいじゃない、レクス。決まりね」
そういうとサナはさっさとボウルを片付け始める。
俺はもう一度レクスと名づけたキアノースの子供を見つめた。そうだ、親を亡くしたこいつの親代わりになれるのなら、とことんなってやろうじゃないか。
しかし、レクスを眺めているとある解決していない疑問点を思いだした。
「なあ、結局なんでキアノースがこの地方にまで渡ってきたのかわかったのか?」
「ああ、それね。おそらくジンのせいね」
「ジン……ああ、あの炎の塊か」
「ええ。キアノース・レクテスはジンの生息域と同じ場所なのよ。ただ、ジンは特殊的に一部の地域にとどまるエレメンタルだったけど、普通のエレメンタルは世界中を渡り歩く生物。今回はジンも何かしら、移動したのだと思う。
キアノースはそれに釣られて追うようにオールトまで渡ってきたのだと今のところ考えている」
「そっか……ジン、ねぇ……」
俺はレクスをゆっくり撫でながら、静かに眠るレクスを見守った。
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