第四章 ワイバーン討伐(7)

「撃てぇ!!」


 その合図とともに壮大な連続した銃撃音が鳴り響いた。

 途端、俺の視界が崩れる。見えていた何かは歪むように消え、あたりに広がる炎に移り変わる。だがそれすらも歪み炎が揺れ動く。


「撃てぇ!」


 再び銃撃。すると今度は確かに俺の周りにあった炎が大きく揺らいだ。その先にあの草原が移り始める。俺は……現実を取り戻したのだ。


「撃てぇ!」


 三度目の一斉射撃でついに炎は完全に俺から剥がれていった。俺から剥がれた炎は天井に広がる上空へと逃げていく。


 俺は卵をしっかりと抱きしめていることを確認するとゆっくりと立ち上がる。あまりに唐突に起こったので息すら忘れていたようで、大きく空気を吸い込んでいると、その所へサナの乗るペガサスが降り立った。


「ユウト、乗って!」


 俺はその声を聞いてから慌てて卵を抱えたままサナに引き上げてもらうように乗る。慌てながら安全ベルト締めるや否やペガサスは翼を広げ飛び上がった。

 空中を旋回しながらガオウのもとへと向かっていく。


「ユウト、まったくムチャして……自分の命とひとつの卵どっちが大切なのよ」


 俺はただ黙って俯くしかできなかった。ただ、俯く先にその卵が移り、改めて無事だったことがわかるとそれだけでホッとしている自分が居る。

 今度は空を見上げた。相変わらず炎の天井が大きく揺れ動いている。再びその天井からひとつの柱が伸びる。今度その狙う先はあの討伐隊のほうだった。


「あ、危ない!」

「ユウトよりは大丈夫だから」


 サナは皮肉を交えながら冷静にそう告げる。対して討伐隊の人たちも冷静だった。迫りくる炎の塊に向かってライフルの銃口をすべて構える。


「撃てぇ!」


 炎の中に広がる雷のような射撃音。そこから生まれた弾丸の雨が炎に当たるとき、不思議な現象が起きた。その炎が大きく怯み、揺らいだのだ。忽ち、炎の柱は崩壊、討伐隊にまで届くことなく消えるように散っていく。


「どういうことだ?」

「プシケを人工的に宿した弾丸を使っているの。フロトプシケなどを含めたほとんどのプシケは複雑で無理だけど、技術の発展でなかには人工的に物に宿すことに成功したのもある。

 その一種がプシケ亜目、エフェクトプシケ上科に属するプシケ。プシケに備わるエネルギーがエレメンタル類をはじめとする魔法生物のエネルギーを中和させるのよ。


 今回はアクアプシケを宿した弾丸を使ってジンのエネルギーを中和させている。つまり人はエレメンタル類も殺せる」


 殺せる……あえてサナははっきりとそういったのだろう。あのエネルギーの塊だろうとこの世界では一種の生物であると、殺すことができる生物であると言ったのだ。


 それにあのジンに意志があるというのが動きを見ていればなんとなくわかる。炎の動きはまるで生きているように見えるが実際に生きているのだ。ゆえに今、ジンは炎を討伐隊のほうに伸ばそうとするが途中で躊躇するように今ひとつ踏みきろうとしない。


 すると今度は討伐隊のほうから二体のグリフォンが飛びだした。その上に乗っている人が自動拳銃を片手に発砲しながら天井に広がるジンの下を駆け抜けていく。


 それに対してジンはグリフォンを叩き落とそうとしているのだろう、炎がまるでコロナのように舞い上がりグリフォンに襲いかかろうとする。だが、グリフォンを操るパイロットは見事なもの。

 そのの炎の波を素早く避けながら弾倉を交換し発砲を続ける。グリフォンが通った場所のエネルギーは散り青い空が隙間から見えるようになっていった。


 ついにジンは後退し始めた。炎の塊は一気に凝縮していき、空のかなたへと飛び去っていく。それを最初こそ追いかけるグリフォンに乗るパイロット二人だったが、深追いをする必要はないと指示を受けていたのだろう。途中で帰還してきた。


 既に空は青空の姿に戻っていた。まるでさっきまでジンという炎が空を覆い尽くしていたとは思えないほどに。俺はその事実を得て助かったのだと実感し心底安堵した。


 だが、そう思うとき、俺の手が震えた。いや、違う……俺の腕の中にある卵が揺れたのだ。それにいち早く察したサナが「まさか……」と呟く。


 それでも既に遅し、俺の抱えていた卵にコツンとひとつ響きが伝わる。そこからピシリとヒビが走り、さらにいくつか振動が続くと完全にその部分が割れる。


 そこから出てきたのは嘴のように硬い口。やがて小さなエリマキがついた顔が顕になる。爬虫類のような皮膚で茶色に近い赤色。手には膜が張っており、翼になっている。


「クァァア……」


 鳴き声をあげ、殻から這い上がってくるとその大きな瞳が確かに俺の目とあった。


「う……生まれた……」

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