第四章 ワイバーン討伐(5)
それからしばらくその場でサナは巣の観察をしていたが特に成果が得られているようには見えなかった。ただひとつ残った卵は無事ということらしいが、既に親はいないこの状況ではむしろ無事でないことのほうが卵の中身の奴にとってはありがたかったのかもしれない。
そんな事を思っているとふと額に汗が溜まっているのに気が付いた。それを手で拭うなか、首筋に一筋の汗が流れていく。
「なあ、なんか気温が上昇している気がしないか?」
「え? ……そうえば、ちょっと暑いかも……」
サナの手も汗で光を反射しているのか輝いており、服をパタパタとさせて空気を入れ替える動作を行う。それはガオウ、ミウナキも同じ思いらしい。そのとき、崖下から声が聞こえた。
「おい! 上だ! ”ジン”が出現したぞ!!」
討伐隊のひとりが岩山の上にいる俺たちに声をかけてくる。それにいち早く反応したサナが上空を見上げ、遅れて俺たちも空を見上げた。そこにあったのは一言でいえば炎の塊。空全体が完全に炎で覆われている。まるで雲よろしく炎が空を完全に支配していた。
ゴォォォ、と低い音があたりに響きオレンジの天井と化したその空。なんか、この光景……見覚えがある……、どこかで見覚えがあった。
「え、エレメンタル……なぜ、ここに?」
「エレメンタル?」
サナのつぶやきに疑問をぶつけるとサナは早口に説明を続けてくれた。
「魔法生物界、精霊門、精霊綱、エレメンタル目に属する生物よ。エレメンタル類は強大なエネルギーの塊で自然そのもののエネルギーでさえ支配する。奴は火のエネルギー、サラマンダー科に属するもので、ジン属、ジン! 主な生息域は”北のある一部分”だ」
「北!?」
だが、それに反応しきれる前にそのジンと呼ばれる魔法生物の動きが変わった。炎の天井から突き抜けるように一本の柱が伸びる。それが俺たちの方向に向かって炎の塊として飛び込んできた。
「こっちにくるぞ。ペガサスに乗れ! 早く岩場から逃げろ!!」
ガオウの叫びとともにミウナキ、ガオウ、そしてサナが素早くペガサスに乗る。俺も後をつけようとしたのだが、そのときふと視界にひとつの卵が入った。キアノース・レクテスの夫婦が残した残りたったひとつの卵。自らの命と引き換えにしてまで守り抜こうとした卵。
「クソッ!」
「あ、ユウト! 何やっているの!?」
サナが大声で叫んでくるが俺に止まることはできなかった。ただ、とにかくこの卵を見捨てるわけにはいかない、そう思った。だって、だって……、こいつの親は俺たちが殺したのだ。そこで無責任に見捨てるなんてできるわけがない。
危険だって? それでも俺はこいつを見捨てる訳にはいかない。これは自分だけの物語。俺が本気でしたいと思ったならその思うままに動くまで。自分自身で俺は選ぶ、俺の物語を。
巣まで走り寄ると座り込みついに無事だった最後の卵を抱き抱える。間に合った、あとはサナの乗るペガサスの所に戻るだけ。だが、視線をサナの方向に向けたとき、俺の周りは炎で包まれ始めていた。
現状をやっと把握し、絶望が視界に広がるなか、ただ、力なく立ち上がる。卵をしっかり抱きしめるも俺は口から声をあげることすらも忘れ、現状を否定したいがために首を横に振る。俺の足回りには炎の海が完成しており完全に逃げ場を失ったこの状態を否定したいがために。
だが、何ひとつとして現状は変わらない。視界が炎の壁でどんどん狭くなっていくなか、見えるのはこちらに向かってペガサスを走らせようとするサナ。助けようとしてくれているのだろうか……。俺の最後の希望を込めて手を伸ばす。だが、後ろにいるガオウは叫んだ。
「馬鹿やろう、お前まで!」
ガオウは拳銃を引き抜くと同時に発砲音が鳴り響く。おそらくサナの近くに向けて撃ったのだろう。サナが乗っているペガサスは驚き上空へ向けてサナの意思に構わず飛び上がる。そして……俺の頭上から炎の塊が一斉に降り注いだ。実に一瞬の出来事だった。
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