第四章 ワイバーン討伐(4)

 ペガサスに乗ったまま俺たちも倒れたキアノースのもとへと行く。サナはペガサスから降りてキアノースの死体を確認すると軽く頷いた。


「キアノース・レクテスの個体で間違いありません。しかし、なぜこのオールトの地に? しかも、討伐隊に対して何ひとつ恐れず逃げようとしなかったのにも疑問点がある。大概の動物なら頭部に射撃を喰らえば倒れないかぎり逃げる行動を取るはず」


 サナは顎に手を当て考えながら、この草原を見渡していく。既に息絶えたティラノサウルスが三体転がっている他には何も変わったものは見られないのだが。


「ちょっとあたりを回ってみます」


 サナが再びペガサスに乗ってくると空へ飛び上がりながらこの草原の周りを旋回していく。風がサナや俺の髪をなびかせるなか、あたりを見渡す。岩の山が点在している程度だが、そこに何かあるのだろうか? ガオウ、ミウナキの乗るペガサスもサナの後を付いてき、草原の空をペガサスの翼が駆け抜けていく。


 しばらく、キアノースらの戦闘が行われた場所の周りを旋回し続けているとサナが急にペガサスを空中停止させた。鳴き声をあげ仰け反りながら主人の指示にしたがうペガサス。思わず振り落とされそうなところを安全ベルトにしがみつきながら耐えた。

 翼をその場てはためかせホバリング状態のまま、サナはある岩山を見ている。


「サナ、どうかしたのか?」

「……降下するよ」

「え?」


 途端にグンとペガサスの高度を下げていくサナ。ガオウらの乗るペガサスが遅れて付いてくるなか、俺たちの乗るペガサスが岩山に着地する。その岩山は驚くほどではないがそれなりに崖に囲まれている。頂点の平らな部分には少し草が生えている。


 サナが着地と同時に地面に降りるので俺やガオウ、ミウナキもあとに続いて降りる。サナは少し草むらに隠れたものをかき分け、「やっぱり」と呟いた。

 サナが見つけたものが気になり俺も覗く。


「……卵? まさか……」


 そこにあったのは草で作られた巨大な巣。その中に大きさ十五センチあるかどうか、かなり大きな卵が入っている。ところどころ黒の斑点が備わっており、ひとつだけ転がっていた。


「これは……キアノース・レクテスの卵に間違いない」


 サナはその巣の周りの草むらから何かをあさり俺たちのほうへ向けてきた。それは卵の殻。既に割れており、一部分にポッカリと穴が空いている状態。


「もう、生まれているのか?」

「……いや、違う」


 そういうとサナは深刻な顔を浮かべながらその卵の空いた穴部分を慎重に地面に向ける。すると、その穴から何か赤色が混じった黄色の液体がどろりと出てきた。

 それを確認するとすぐに殻をまた上に向ける。その殻を俺たちはじっと見ていると草むらから何か、ガサッと物音が聞こえた。


 そこから飛びだしてきたのは一見鳥のような生き物。尾羽ではなく長い尻尾。手には飾り羽根がついており、頭に骨のトサカを持っている。全長は三メートルほど、ちょうど俺の頭と同じくらいの高さに奴の持ち上げた頭もくる程度。ライオンぐらいの大きさといえばわかりやすい。


「オ……オヴィラプトル・フィロケラトプス!」


 サナがそう呟くなか、目の前のオヴィラプトルは「クルルッ」と鳥のような鳴き声で首を軽くかしげる。視線の先にあるのは明らかにキアノースの卵、……狙っている。


「サナ、牽制をかけるぞ」


 ガオウがそういうとサナは頷く。それを確認したガオウは腰に巻いているホルダーから拳銃を引き抜く。その流れのまま、空に向かって一発発砲。オヴィラプトルがビクリと反応し体が硬直した。そこからさらに連続して三発発砲。今度はオヴィラプトルの手前に弾丸があたり土煙の柱を三本立てる。それに怯えたオヴィラプトルは尻尾を巻いて逃げていった。


 無事、危険は回避したが俺はそんなことよりもガオウが握るその拳銃が気になった。


「ガオウさん……それ、もしかして……自動拳銃?」


 いくら銃に疎いといったって、拳銃にリボルバーとオートがあるということぐらいはわかる。ガオウの持っていた拳銃は俺が知っている形(スライドできるやつ)ではないが、明らかにさっき、ガオウは引き金を引くだけで何発も打ちまくっていた。


「うん? ああ、そうだ。初の実用的な自動拳銃。トグルアクション式拳銃だ。やっぱり銃にも興味があるんじゃないか」

「あ、いや、興味はないです……」


 面倒なのできっぱり断るが、やはり驚いた。想像以上に技術が進んでいるとみえる。ガオウのもつ拳銃は上部にいくつか関節がついており、打つときにまるでシャクトリムシのような不思議な動きをしながら空薬莢を排出していた。不思議だが確かに自動拳銃。


「でも、なんでガオウさんが拳銃なんて持っているんですか?」

「俺は猟師だぞ。それに自己防衛のために一丁拳銃を持っている奴は結構いる。理由もなしに銃口を人に向けようものなら、それだけで檻行きだけどな」


 そういうサナはクスッと笑う。


「猟師だからってのはただの建前よ。だったら狩猟ライフルで十分だもの。ただの銃マニアよ。マニアでもないのに自衛にわざわざ超高価な自動拳銃を持ち歩く人なんてそうそう居てたまるものかって話よ」


 でも自己防衛のために銃を持っている人が居るって部分は否定しないのか……。いや、俺のいた世界でもそんな国は確かにある。ましてやここは見た目から違う完全な異種人間が入り混じる世界。いくら平和といってもちょっとしたイザコザは絶えないのだろう。


「まあ、最近は対人というよりは対動物の護衛の意味合いが強いかな。一度街の外に出たら危険な動物もかなりいる。哺乳類の食肉類や、鳥竜綱の獣脚類、獣竜脚類、飛龍(ワイバーン)類にもし出逢えば銃で対抗しないかぎり自分で逃げることすらままならないからね」


 ああ、まあ、そりゃそうだな……恐竜が庭にいたら絶望の他ないだろう。

 話がひと段落着いたとサナは思ったのだろう。持っていた卵の殻を置き、他にもキアノースの巣の周りにある割れた殻をどんどん拾い集めてきた。


「銃の話はもういいよね。それに……あのオヴィラプトルを見て確信した。キアノースがなぜあそこまで執拗にティラノサウルスの群れを追い払おうとしたのか、なぜ人間に対して逃げようともせず抵抗し続けたのか、その理由」


 自動拳銃に目を取られて忘れかけていた。キアノースの卵にもう一度集中する。

 卵が割れていた。オヴィラプトルが居て、卵は残り一個だけだった。つまり……、


「自分が産んだ卵を守っていたってわけか?」

「生活圏の縄張り争いも含めてね。しかも、このあたりにいたオヴィラプトルにほとんどの卵を食べられてしまったから、よりあのキアノースは必死だった」


 オヴィラプトル……知る人は知っている恐竜だ。ティラノと同じ獣脚亜目、テタヌラ類。『卵どろぼう』の意味を持つ名前を付けられた恐竜。初めて発見された化石が卵を掴むような姿であったこと、そして口の形状のことから卵食性と考えられていた過去がある。

 もっとも研究が進み今は雑食性だったとする説が高いが確かに卵食性が完全に否定されたわけではない。卵も時期によっては食べていただろうというのが通説になっていたはず。


「なるほどね、親として必死だったのか。つまり、あのキアノースは夫婦だったというわけだ……」

「そういう事ね。といってもオスかメス、どちらかは巣で番をするのがキアノースでは定石。違う環境で混乱していたのかもしれないね。でも、キアノースが必死だった理由はわかっても肝心のなぜここに居たのか、その理由まではまだわからない」

「ワイバーン、つまり空を飛べるんだろ? だったらたまたま空飛んでここまで来た」

「なんてワケはほとんどないと考えていいから」


 俺の考えは一蹴された。まあ、鳥といえるすべての動物が渡り鳥……全部世界のあちこちにまで飛べる能力があるかといえば否だ。それは専門家サナの言うことが正しい。

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