第三章 中核都市オールト(9)

 そんな様子を後ろで見ていたサナが一歩前に出た。


「先生、ついでですが、ユウトが頭を打っていないか見てもらえます?」

「頭?」

「この子、異世界やら平行世界やらから来たという人で」

「ああ、なるほど」


 なにが”なるほど”なのかものすごく気になるところだが、医師は特に疑問に思わないらしく、失礼しますと俺の頭にある髪を掻き分けながらじっくり見ていく。


「別に頭を強打した形跡はなさそうですね。サナちゃん、ユウトさんは時々変なことを話すので心配なんですよね?」

「う、……うん。まあ、そうです」


 医師は頷くと俺の眼球を見たりしながら医師が俺に質問を続ける。


「打った覚えはないんですよね?」

「はい」


 その後に「嘔吐感は?」「頭痛は?」「手足に痺れとかはない?」など質問されるがすべてNOだ。自分で言うのもなんだが右足以外は健康そのものだと思っている。


「平行世界ね……。言葉は理解できているみたいですよね。文字は?」

「読めますし、理解できます」


 差しだされた例文を読み、問題ないとアピールする。


「はい、オッケー。専門外の判断だけど別に脳に対しても問題がありそうだとは思わないけどね。いちおう外科の診察を受けるのもありかもしれないけど……」


 腕を組みながら医師は唸る……がしばらくすると「ん」と声をあげた。


「なんで言葉が理解できるんですか! 異世界の人って言っておきながら!」

「それはこっちが聞きたいくらいですよ。なんで日本語を使っているんですか?」

「「ニホン語? なにそれ?」」


 まさかの前と後ろから同時にツッコミが入った。


「いや、だってあなた方が使っている言葉……」

「現代語よ。ニホン語なんて名前じゃない」

「え? げ、現代……語?」


 現代語という意味を漢字に当てはめながら導きだしていき、疑問が続く。


「いやいや、現代語って一区切りにするなよ。国ごとに言葉が違うだろ? 日本語、英語、中国語。その内のひとつの言語、いつくか言葉の種類があるだろう?」

「ないわよ。国だってニ百五十年も前にひとつになったから、言葉もひとつ。大昔はいくつか言葉があったらしいけどすべて古代語。今は現代語ひとつだけ」


「その残った言葉が……俺のいた世界の俺のいた国の言葉と同じ……」


 サナの説明を受け、ますます言葉と文字が同じという現状に戸惑いを隠せないでいた。俺って……もしかして本当に自分がおかしくなっただけなのか……?


 そんな疑問を後押しするように医師が告げる。


「正直、君の話を聞いているとむしろ、記憶喪失に近い症状に見えるんですけどね……。前の世界のことだと思っているけどそれは、過去の記憶が何かのショックと同時に変に改ざんされたものとか……。記憶喪失は頭を打たないかぎり起こらないってわけではないですから。もしよかったら、一回精神科に行くのもオススメす……る……ん?」


 話を最後まで言いきらず医師は妙に俺の体を見始める。するとちょっと失礼と体のあちこちを触り始めた。それはもう、真剣な表情で。ただ、もうその意図はわかっていた。


「よく見れば、骨格が……違う……」

「さすがに整形外科の先生なら気付きますよね」

「サナちゃんも気付いていたわけ? まあ、気付くよね、動物学者だもの」


 さっきまで記憶喪失だのと疑っていた医師が急に目の色を変える。


「あなた、本当に平行世界の人なんですか? 冗談だと思っていたんですけど……」

「先生もいきなり、そこから信じていきます?」


「信じるもなにも……これだけ骨格が違えば突然変異とは思いにくい。骨に異常があるわけではなさそうだし」

「ですよね、もしこういう種がいるのなら、この世界のどこかに人猿種の亜種が存在してその亜種が形成する一族があると考える他ないですけど……、それでもこの骨格の違いは異常と考えられるというのがわたしの見解です」


 あら~、自分の助手の見解を容赦なく否定してきますよ、この学者。


「よし、ユウトさん。解剖してみていいですか?」

「やめましょ!? ねえ、この世界じゃそういうブラックジョークが流行りなんですか!?」

「冗談ですよ」

「冗談にならないから突っ込んでいるんです!」


 俺の反応に対しヘラヘラ笑う医師だったが次の瞬間には真剣そのもの表情になってひとつため息をつく。


「この話がしたくてわざわざサナちゃんは紹介状をもらってきたのね? 正直、この足の怪我程度なら村の診療所だけでも問題なかったはず」

「ええ、知り合いだし信用できる人で専門家の見解を聞きたかったので」


 医師は考え込みながら背もたれに寄りかかった。


「まあ、サナちゃんもわかっていると思うけど、ユウトさんは人猿種ではないということはほぼ確かね。正直、それ以外はわからない。とにかく、いちおうユウトさんの存在は見なかったことにしよう。公表すればまた、面倒になりそうだからね。黙っていたら早々わかるまい」

「それはありがたいです」


 それからしばらく沈黙が続いたが、とにかく診察は終わりにすると言われ、俺は席を立つ。礼を言いサナといっしょに部屋を出ようとしたとき、医師が急に声を出した。


「待って、じゃあ、ユウトさん。君、保険証持ってないですよね?」

「え? 保険証……!? 俺のいた世界のじゃダメですか?」

「ダメに決まっています。逆にそれは今持っているんですか?」

「持っていないです」

「ならより意味ないでしょ!」


 というか保険なんて制度まであるのかい。サナもそれは考えもしなかったようで、あんぐり口を開けたまま思考停止。おそらく、こっちでも保険に入っていないとかなりの額を請求されるらしい。


「まあ、仕方ない。ユウト、払うしかない」

「いや、さすがに悪い……」

「悪いってそれ以外に方法がないでしょ?」


「でもさぁ。その年で学者とか、はっきり言って研究費なんてほとんど出ないんだろ? 生活費切り詰めて研究費用に当てているんじゃあ、痛い出費になるだろ」


「ふっふっふ~。あたし、こうみえても天才って呼ばれているのよ。いちおう、あたしの分野では世界トップクラス。企業や財団、政府からかなりの研究費もらっているのよ。アテにもされているし」


「ええ!?」


「あ、これシーッね。大きな声で言わないでよ。研究費使って遊んでいるなんて誤解されたら最悪だからね」


 あんたが大きな声で暴露した気もするんだが……。

 だけれども、無論俺の手持ちに一銭もない以上、サナのご好意に甘える他なかった。

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