第三章 中核都市オールト(7)
何か待合室みたいなところでサナに言われ待たされること数分、サナがやってくる。ドアを開けて部屋に入ってきたと思ったら、後ろに一匹の動物をつれてきていた。
人猿と同じように比較的横のほうについた小さな耳、茶色の毛並みを持ちおっとりした顔立ちに長い尻尾、手の先にある長く伸びた四本の爪。おぼつかない二足歩行で歩いてくる。
「お待たせ、ユウト。この子を紹介するね」
サナがそう声をかけてきてその動物が一歩前に出ると手を前に差しだしてきた。
「初めましてユウトさん。わたし、サナさんの助手を勤めています、ミウナキと申します」
「……しゃべった」
「しゃべるわよ、そりゃ! 人猫種よ」
「あ、そうか。人間か!」
サナに言われ理解してから再び人猫種のミウナキとやらをじっと観察する。身長はざっと八十センチほど。俺から見れば小学生並みに小さく見える。しかし、その大きさを除けばすごく見たことがある雰囲気が漂っている。結構有名な動物だった気がする。なんだろう……。
「マングース? ……、いやこの立っている姿に見覚えがある……あ! ミーアキャット!」
そうだ、あの警戒するときにひょこっと立ち上がるあのマングースに似ている。
モヤモヤが解消され気分がいいなか、目の前のミウナキは少し怪訝そうな表情を見せてきた。
「ユウトさん、事情はサナさんから聞いているのでわかっていますが、さすがに初対面の人にあなたチンパンジーに似ていますね、なんて言われたくはないでしょう? もし、それで喜びに打ち震えると思うなら、怒り狂うゴリラとよろしく共同生活することをおすすめしますよ」
「……なるほど、申し訳ない」
言われてみればごもっともだ。お前、チンパンジーに似ているな、なんて言われて何も思わない人はほとんどいないだろう。少なくとも俺は気分悪い。ガオウに対してマレーグマに似ているなんて言ったのも悪かったな。さすがに文化に合わせ言葉は考える必要がありそうだ。
ちなみにさっきのミウナキの余計なセリフはこの世界でのジョークらしく、サナがクスリと笑っているが、当然よくわからない。昨日、ガオウが付け足したあのセリフも含めて文化が違うがゆえにツボも違う笑いなのだろう。
「ま、人猿とチンパンジーと例えるなら、ケットシーに似ているというほうが近いけどね」
「え? ケットシー? あのケットシー? そんなのいるのか?」
ケットシーといえば、猫の妖精。よくファンタジーで出てくるやつ。だが、逆に考えれば人猫という存在がケットシーといえるのかもしれないな。
なんて考えているとサナが説明してくれた。
「食肉目、ネコ亜目、マングース上科にはマングース科とニンビョウ科に大きく分けることができるのよ。ミーアキャットはマングース科。対してケットシー属、ニンビョウ属はニンビョウ科に分類されるわけ」
「ふ~ん、おもしろいな」
素直にサナの説明を聞いていると人猫のミウナキは驚いたように見開いた。
「あなた、本当にこの世界のこと、知らないのですね。ケットシーはさすがにほとんどの人が知っている常識範囲の動物だと思いますが……。異世界からきたってサナさんから聞きましたけど……、正直、信じられないんですがやはり、本当に……?」
「異世界ってよりは平行世界ってのほうが正しそうだけどな、もっともほとんど変わらないか」
するとサナは今一度ミウナキのほうを向いた。
「その事でミウちゃんをユウトに会わせたの。あなたはどう思う? 少なくともユウトが嘘や冗談でからかっているとは思えないんだけれど」
ミウナキはそれを聞き俺のもとに近付くとじっと観察し始める。俺の周りをゆっくりと一周回られるもので落ち着かないでいると、最後に低い背をぐっと背伸びしながら顔に覗き込んできた。
反射的に俺も同じようにミウナキの顔を見る。見れば見るほどミーアキャットそっくりな顔だが、随分と難しそうに唸るとゆっくり離れた。
「見た目は人猿種とほぼ一緒ですよね。でもしっかりみれば骨格が違うということもわかります。その観点から見ると異世界だか平行世界だか来たいわれてもまあ、なんとか信じられるかもしれないですけど、現実的に考えると馬鹿げているとしか……」
まあ、そうだろうな。本当に信じられるのは本人である俺ぐらいだろう。というか、俺だって今なお、夢じゃなかろうかと心の片隅で思っていたりするぐらいだ。
「どちらかといえば骨格が違うのが突然変異の結果で記憶は頭を打ったと考えるほうがまだマシな想像かもしれませんね」
「突然変異で四肢動物と六肢動物の違いが起きてたまるかよ」
「でも、ユウトが四肢動物だっていう完全な証拠はないからね。解剖をすれば突然変異なのか、そもそも違う別世界の生物なのか特定は可能だけど? 試してみる? ユウトはこの世界にすら戻れなくなるのは間違いないんだけど」
「……そんなブラックジョークで場を和ませろとか言ってないぞ」
だが、サナの言うことも一理ある。さすがにレントゲンはないとみて間違いないだろうし、もちろんCT、MRIなんてものは、なおさらないはずだ。だったら、身体の構造を確かめるには解剖する他ない。
いや、もちろん手術はできるほどの医療技術はあるとみていいのかもしれないが、だからといってさあ、メス入れて体を調べてください、なんて言える度胸はないし嫌だ。
「俺、別に頭なんざ打っていないからな」
「なぜ、そう言いきれるんです? そもそも記憶がないなら打ったことも覚えていないでしょう? 正直言ってその怪我をした右足を見て頭を打っていないなんて言いきれるほうがおかしいんじゃありません?」
「うっ……、そう言われると返す言葉もない」
改めて自分の右足を見る。動かないように固定されがっちりガード、湿布も貼られておりおまけに椅子の横に松葉杖をおいている状況だ。
「あ、でも、俺。前の世界の記憶ならバッチリ持っているからな。小学生のころの記憶も、いや、幼稚園のころの記憶だって少しならある。もちろん、あっちの世界でのだ」
「人間の記憶なんて曖昧ですからね、状況に応じていくらでも勝手に脳は改ざんしてきますよ。専門じゃないので詳しいことはいえませんけどね」
「……君、結構ドライだね」
「よく言われます」
あまりにはっきりと返されたので次に続く言葉を見つけられなかった。ただ、ミウナキはじっと俺のことを観察し続けるのみでそこから先も話しかけようとはしてこない。そんな空気に見かねたのかサナがちょっといつもよりも高めの声をあげた。
「まあ、ミウちゃんもそういうなら、確かに頭を打っただけかもね」
「でも、このユウトさんのこと、これからどうするんですか? 政府に明け渡すんですか?」
「え?」
「まさか。それこそ、彼が実験台に乗せられかねない。とにかく、まずはその足を見てもらうのも兼ねて信頼できる医者の所へ行ってみるとするよ。というか、そのために来たわけでもあるし。だからミウちゃんは待っていて。これから連れていくつもりだから」
「ん? もう病院に行くのか?」
「ええ。ミウちゃんの見解も聞けたからね。さあ、行こう」
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