第三章 中核都市オールト(5)
ひとり俺はロッジの中へ戻る。ガオウが座っている横にまで戻ると同じく腰を座席に下ろした。松葉杖で立っていたので脇のあたりに負担がかかっていた。何度が肩を回したあと深く背もたれに寄りかかる。そんな俺をガオウが不思議そうに見てきた。
「ユウト、お前。結構動物について詳しいんだな。昨日の夜、サナが話についてこられる奴だって目を輝かせながら俺に言ってきてたぞ」
「そうなんですか? でも学者なら他にもそういう人と話できるでしょう?」
「同年代はいないんだな、これが」
ガオウは腕を組み、ひとつ深い息を吐くと話を続けた。
「サナは幼いころに両親ともになくしていてな。俺が親代わりでサナのそばにいてやっている。だが、サナは寂しかったんだろうな。あいつは心にぽっかり空いてしまった穴を別の事に集中して埋めようとした。それが勉学だったんだ。サナはひたすら勉強に勉強を重ねた。
その結果、サナは天才と呼ばれるようになったよ。学校は飛び級、十五には大学に入るほどにだ。だが、逆にそれは人を寄せ付けないようになっていった。あいつが人の代わりに寄り添ったのが動物だった。やがて自分の道を早々に見つけたサナはそこに一直線。十八の現在、サナは世界が一目置く学者にまでなっちまった」
「それで同年代の俺と話せたのが新鮮だったってわけですか……。いっても俺、サナの五歳年下なんだけどな」
「ハッハッハ、俺からすれば十分同年代だよ、若造」
頭を乱暴に撫でられ頭を逸らしながら手でガオウの腕を払う。
「で、ユウトはなぜ動物に興味持ったんだ? その年で学者とかいうサナを上回る天才か?」
「冗談じゃないですよ。ただの趣味の範囲です」
「ただの趣味でサナと対等に話せるものなのか? 何かきっかけとかあったんじゃないのか?」
「対等じゃないですよ……一方的に話を聞いているだけ」
「その話を聞いて退屈じゃなく楽しいんだろ?」
しつこく聞いてくるガオウに渋々過去を思いだすため窓を見る。すぐに浮かんできたのは……あの人の顔だった。思いだしたくもないあいつの顔。
「親父が……動物学者だったら……? いや、違う! 俺は俺の意思で興味を持った。俺は自分だけの物語を進めるうえで自分が動物の世界に踏み込んだんだ。これは俺だけの物語……」
「ユウト? お前父親のことが嫌いなのか?」
「ッ!!」
俺はただ無言で顔を逸らし外の景色に目を向けた。
「何があったのか知らないが、父親を嫌うことができるだけましじゃねえのか? サナはすでにその嫌ってやれる父親すらいないん――」
「俺の親父ももういないんですよ」
はっきり言ってしまってから改めて嫌になり深いため息をついてしまう。仕方なく、窓から顔をガオウのほうに向けた。
「あいつは家を出ていったきり、帰ってきませんでした。元々ほとんど家にもいないような人だったんですけどね。すぐに帰ると言って何ヶ月も家に帰らず、気が付けば俺たちの知らない所で死んでいた。俺は親父と一緒にいた思い出なんてゼロのままですよ」
自分で話していてもむしゃくしゃする。あいつは俺と母さんを裏切って出ていったのだ。母さんにすら放って出ていったのだ。母さんは帰ってくるって信じていてのにだ。後日、あいつは行方不明、おそらく死亡したという通知だけで現状を知らせてそれ以来だ。
「なんか、深い事情があるらしいな。まあ……その……なんだ……」
ガオウが現状の空気に戸惑い次の言葉を探しだそうとしているのがわかる。だが、もう俺はこれ以上親父のことなんざ話したくも考えたくもなかった。
「そんな事よりも、俺! 気になっていたことがあるんですよ!」
「ん? お、おう。なんだ?」
「ガオウさんって”人狼種”なんですよね。しかし、なんというか……狼っていうよりクマ……、そうだ。マレーグマに近いようにみえるんですけど」
いちおう確かにずっと気になっていた。最初見たときはクマ人間だと思ったし、今見てもそう思える。同じイヌ亜目かもしれないが、体つきは犬にしてはがっちりしている。手の部分、親指は人猿ほどはっきりしていないものの拇指対向性になっている点、体の大きさは異なるがなんとなく全体の雰囲気がそれに近いように思える。
「さすがユウト! いい線いっているね!」
「うわぁ!?」
気が付けばサナが戻ってきていた。座席の背もたれに手をかけ、覗きこむようにサナは言ってくる。脅かすなよ、そう言い返すまもなくサナは横に座り、口を開き始める。
「確かにマレーグマに近い。人猿でいえばテナガザルが一番似ている関係かな?」
同じヒト上科……いやジンエン上科の下、テナガザル科とジンエン科の違いか……。
「食肉目、イヌ亜目、クマ下目、クマ小目、クマ上科、ジンロウ科ってところだね。クマ上科のクマ科にマレーグマがいるからマレーグマに近いというのも間違っていない。
あと、これは差別につながるからあんまりいうことじゃないけど、人狼種、人猫種は人になっていく進化の途中段階って見解があるね。特に人猫種はその傾向が強い。それが理由で一昔前は亜人だとか、劣等種だとかで特に差別対象にあったから、はっきり言っちゃダメだよ」
……黒人と白人の関係か……いや、種が見た目ではっきりしている以上それ以上のものがあったのかもしれないな。だったら、もしかしたら今でも?
「昔っていっても百年二百年以上前の話だ。別に今となったらそんな差別なんざないさ。人狼の俺が言うんだから間違いない。俺が生まれたころにはもう平和そのもの、いい世の中だ」
だそうだ。平和らしい。そら、本人が言うんだから違いないだろうな。
しばらくの時が過ぎると部屋の前のほうにあるドアが開き、人羊種の乗務員が出てきた。
「まもなく都市オールトに着陸いたします。降下開始いたしますのでお客様はご着席のうえ安全ベルトをお締めくださいますようご協力をお願い申し上げます」
そういうと今度は甲板のほうへ出ていく乗務員。外に出ている客にも言いに行ったのだろう。俺たちは深く座席に体を埋めると安全ベルトを装着し、時を待つ。するとだんだん、水平状態だったロッジが傾き始めた。それに伴いどんどんクジラの高度が下がっていく。
そのとき何気なく俺は窓の外を見たのだが、思わずその光景に息を飲んだ。
「ナッ!? でかい……これが中核都市オールト……」
それはあまりに予想以上のでかさだった。視界に映るかぎり都市の端部分はない。さっきこのクジラに乗るために降りた街もなかなかものもだったがあまりにも桁が違う。
「オールト地方の中心部。世界三大都市のひとつだからね。初めて中核都市を訪れた人はみんな同じ反応をするよ」
「……そりゃそうだろう」
世界のトップレベルの大都市として東京が挙げられる。さすがに東京よりも大きいとは信じたくないが、それと同格の匂いは確かに感じる。とてつもなく巨大な都市だ。見事な発展を遂げているといえよう。しかも、都市に蔓延る建物も木製よりコンクリート、レンガの建物が多い。実に都市らしい都市がこの下に広がっていた。
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