第三章 中核都市オールト(4)
「ユウト、外に出られるけど出てみる? 少し寒いけど」
「出られるのか? わかった。ガオウさんは……」
「俺はいい、いってこい」
サナに誘導され二重になっているドアをふたつともくぐり抜けると外に出た。ロッジの周りはまるで木の床でできた甲板のようになっており、向こうに絶対落ちないようにと高く頑丈に作られた柵が備わっている。すでに何人かの人がそこに立っていた。
サナの後について柵の所にまで行くとそこには絶景が広がっていた。高度千メートル以上から広がる大地、海を目の当たりにする。その光景はまさに地球の光景だった。
「鯨偶蹄目、クジラ亜目にはハクジラ下目、ヒゲクジラ下目、ソラハクジラ下目、ソラヒゲクジラ下目の四つに大きく分類される。そのなかのソラヒゲクジラがこのクジラね」
「……ハクジラ、ヒゲクジラはわかる。それ以外はさっぱりだ」
「ユウトが言ったそのクジラは海に生息するクジラね。一対のヒレと背ビレ、尾ビレを持つ。対してソラクジラ類は三対のヒレと尾ビレを持っている。そしてなにより生活圏が空」
「だから空ってのがわからねえんだよ、なんで飛ぶ……! フロトプシケとかいう奴か」
「そう、ソラクジラ類はより高濃度なエネルギー体、ハイフロトプシケと共生しているの」
それを聞いてグリフォンに乗っていたときの話を思いだす。
「なんか聞きなれない分類を聞いたな、魔法生物界だっけか?」
「動物界、植物界といった同じ階級にある界のひとつ。といってもゴミ箱のような分類感は否めないんだけどね。主に意思を持つエネルギーの塊、またそれを宿した物質、けれでもエネルギー代謝に近いことをしているといえるものを分類している。そしてフロトプシケは精霊門に属す」
……なるほど、まったくわからん。精霊は生物じゃないだろ……いや、ここは平行世界、何があるかわかったものじゃないか。とにかく続きを聞いてみようと耳を傾ける。
「そのなかのひとつに精霊綱があってその下に宿精霊(しゅくせいれい)目がある。物質、生物などありとあらゆるものに宿ろうとする精霊なの。エネルギーを宿主から得る代わりに種によって特定の影響を与えて相利共生する。
プシケ亜目、フロトプシケ上科、フロトプシケ科、フロトプシケ属に属するフロトプシケとハイフロトプシケは浮力の塊で宿主からエネルギーを得る代わりに宿主に浮力を与える。
だからオオグリフォンも空を飛べるし、こんな巨体を持つアオゾラオオクジラも陸上で耐えきれず潰れたりしないわけね。いっとくけどあたし、魔法生物界は完璧な専門外だからこれ以上詳しく聞こうとしないでよね、答えられないから」
「よくわからんけど、この世界じゃこの巨体が飛ぶのも不思議じゃないってことはわかった」
本当によくわからんけど、根本的に生物の概念の少し違うらしい。それこそ宇宙の果てじゃ、どんな奇想天外な生物がいても不思議じゃない。ただ、平行世界といえど、下手すれば5億年程度じゃなく、もっと前に分岐した世界なのかもしれないな。
今度は頭の中じゃなく周りの景色に意識を向け直した。せっかく未知の世界に来たのだ。せっかくだから未知なる動物たちをできるかぎり目に焼き付けたい。
あたりを見渡し、まず視界に写りこんだのはゾウほどの大きさの動物。高度はこのクジラより下だがまだ見える。見た目はまるでドラゴン。硬そうな皮膚に覆われ、同じぐらいの長さの前足、後ろ足に大きな翼。頭に大きな角をふたつ持っているのがすごく特徴的に写る。
「あれは?」
「ユラン・ニカシィ。脊椎動物で鳥竜綱、恐竜上目、竜盤目に属するの。下は獣竜脚亜目、レオーネドラゴン下目、グラウンドラゴン小目、グランガドラ上科、グランガドラ科、バハムート亜科、ユラン属、ニカシィ。大きな二本の角を持っているのがバハムート類の特徴ね。同じくフロトプシケを宿す動物」
竜盤目……恐竜の王様、ティラノサウルスが属する分類のことだ。確か、鳥綱は別にあったはず。この世界では恐竜の生き残りが、鳥だけでなくその鳥竜綱と分岐していたのか?
その予想はすぐに半分ほどは当たったと理解した。視界のはるか下を一匹の動物が横切ったのだ。それは図鑑や映画で見たことがある形。かつて中生代の空を支配していた動物だ。
「プテラノドン!?」
「おしいね。あれはケツァルコアトルス・ノルトロピ。同じく鳥竜綱の翼手竜上目、翼竜目ね。翼指竜亜目、アズダルコ科、ケツァルコアトルス属、ノルトロピ。あ、あそこ。遠いからすごく小さくみえるけどあれこそ、プテラノドンだと思う。おそらく、ステルンベルギ種」
本当に遠く、翼竜っぽいなってのがわかる程度だが、サナには種の特定までできるらしい。たしか、サナは鳥竜綱の専門だっていっていたか。つまりこういった動物が専門分野ってわけらしい。とにかく、これでわかった。
こっちの世界じゃ恐竜は絶滅せず、鳥と姿を劇的に変化させなかった恐竜や翼竜らに分岐したらしい。そして爬虫類でもない別の分類にされた。いや、この世界でも同じ時期に恐竜が出現したとも限らない。やはり、進化の過程は違うとみるべきだろう。だとすればむしろ、ここまで似ているというのが驚異的か。
あの翼竜、無論本物を見たことがないからはっきりといえないが、おそらく形は結構違うのだろうけど根本の構造が激似。四肢動物と六肢動物という生物としては根本から違うはずなのにだ。だが、収斂進化(しゅうれんしんか:異なるグループの種同士が、環境生態により似たような形になっていく現象)というのも確かにある。
俺のいた世界とこの世界の関係。平行世界はある種、分岐し時代が進むという進化をしていた結果できたふたつの種といえる。ならば、この似通った生物は世界線を超えた究極の収斂進化といえるのかもしれない……。あいかわらずバカみたいなスケールのでかさだよ。
そんな事を考えていると向こうに空飛ぶ蛇を発見。だが、よく見ると足がついている。バカみたいな大きさで、さすがのオオアナコンダもドン引きするレベル。おそらく全長二十メートルは超えている。
「あれはなに? もしかして龍?」
「ご明察。爬虫綱、有隣目、リュウ亜目に属する動物。わかるとおりフロトプシケを宿す。下はリュウ科、オールトリュウ属、オールトリュウ。このあたりの固有種ね」
色々と不思議な生き物が転がっているらしい。しかも、空だけでこれだ。陸上に降りればもっといろんな未知なる動物を見ることもできるのだろう。
「しっかし、寒いな」
「まあ、標高五千メートルほどだからね、ここ。風も相まってなかなかの寒さだと思うよ」
「俺一旦中に入るぞ。松葉杖をついたままずっと立っているのも辛い。飛んでいるのだから当たり前だけど風も強いからな」
「そっか。あたしはもう少しここにいるから、先行ってて」
「おう」
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