第三章 中核都市オールト(3)

「ここが中核都市なのか?」

「違うよ。ここは空港の中継地点。目的地にはここからさらに飛ぶ」

「空港って……飛行機でもあるってのかよ」


「ヒコウキ? いいから、黙って付いてくればいいの」


 サナとガオウがさっさと歩いていくのをついていく。ここだってそれなりの街だ。建物がたくさん並んでおり、道も土とはいえしっかり整えられている。


 しかも、道には街灯がきれいに並んでいる。おそらくガス灯。サナの家をはじめとする一般家庭には石油ランプが置いてあった。電気がないゆえに夜の明かりはそれで賄っていたのだ。だが、街の明かりはガス灯。それだけでも見た目で立派な町だと理解できる。


 人々はそんなガス灯が並ぶ道の端を歩き、真ん中はいくつもの馬車が通り過ぎていく。すでになかなか活気あふれる街だと思うのだが。


 そう思っているとサナとガオウは大きな建物へ入っていった。たくさんの人が出ては入ってを繰り返すその建物。まるで俺のいた世界にある駅の改札口みたいな行きかいだ。

 建物の中に入ると、はたまた大勢の人で溢れている。様々な種が入り混じった光景にかなり動揺を覚えるが、サナたちは平然とそのなかを歩いていく。こちとら一種の人だけしかいない世界で十三年も暮らしていたのだ。そう簡単に割りきれるかって言いたい。


 導かれるまま、なにやら受付の行列に並ばされる。


「次のエッジワース行き。何時出発ですか?」

「十時十分発ですね」

「じゃあ、それでお願いします」


 なんて会話や。


「すみません、お客様。このお荷物では重量オーバーになってしまいます」

「ええ? こまったな。どうにかならない?」

「申し訳ないですが規則ですので、クジラに負担をかけかねます。少なくして残された物はこちらでお預かりすることも可能ですが」

「……しかたないか」


 いろんな会話がこのあたりに入り乱れる。そのなか、行列がどんどん消化され俺たちの順番になるとガオウが受付の前に立った。


「都市オールトまでの直通。次の便で、大人ひとり、学生二人」

「はい、かしこまりました。一万八千フィになります」


 そんなやりとりの後、ガオウが財布らしき物を取りだし、数枚の紙を受付に渡す。どうやらこの世界の札らしい。よかった、さすがに円じゃなかったな。


 やりとりが終わったらしくガオウがチケットを持って下がっていく。その後をサナがついていくので俺も続いて後を追う。そのまま、建物内の案内にしたがってゲートらしき場所につくと、さらに奥へ進んでいくサナに我慢できず問いかけた。


「おい、これから何に乗るってんだ?」


 するとサナは急にこちらに顔を向けると走って向こう側にある柵まで行く。


「これに乗るのよ」


 そう言って柵の向こうを指さした。その先にあるのはロッジ。一階建て、横広でかなり大きなロッジだが所詮建物。乗り物にはどうあがいても見えない。だが、サナは急かすように手招きしてくるので柵の所まで足を進めると、その正体がわかった。


 木製で作られたこの建物。柵の先は崖になっており、そこにある動物が停滞していた。その動物の上にロッジが固定されていたのであたかも目の前にロッジが立っているように見えていたのだ。だが、俺が驚いているのはそこじゃない。


 地球上、植物界や菌界といった例外を除けば過去を含めて史上最大の生物はシロナガスクジラとされている。全長にして三十メートル以上。これはブラキオサウルスなどといった竜脚類の恐竜すら上回る。少なくとも動物界という括りでは最大種のひとつ。


 だが、目の前にいるコイツはなんなのだ!? そのシロナガスクジラの一回り……いやふた回りは大きい。全長……四十か? だが、ありえない。まず、周りに海どころか湖もない。この目の前の生き物は崖下の地面に横たわっているのだ。

 クジラは基本、海に特化した生き物。水中の均等にかかる水圧に耐えられる体設計が施されているがゆえ、陸上に打ち上げられたら自身の体重と気圧に押され呼吸もできず死に至る。逆にいうと水中に特化したからこそ、あそこまで巨大な体へと進化したのだ。なのに……


「この巨大な化け物はなんなんだよ?」

「いいから乗るよ。さっさと行った! ほかのお客さんも乗るんだから、詰まっちゃう」


 背中を押され半ば強引に乗り込まされる。途中、建物から化物の背中にあるロッジにまでかけられた橋を渡るのだが、そのとき下を見た。そこには三枚のヒレ。あくまで動物の常識に当てはめれば反対側にも三枚のヒレがあるとみた。つまり三対の足、六肢動物というこの世界の脊椎動物の基本は見た目でも持っているとわかる。肌は全身が空色、まるで空に溶け込むような色だ。そして、頭から四十メートル先に尾ビレ。だがそれは魚類のものではない。


「まさか、こいつ……クジラなのか?」

「そうよ、アオゾラオオクジラ。ソラクジラの一種でちなみに史上最大の動物」

「……でしょうね」

「それよりも本当に後も閊えているからロッジに入って。離着陸時は危険だから室内にいないといけない決まりになっているの」


 そう言われると文句も言えまい。この化物クジラの背中に固定されたロッジの中に入っていく。ドアは二重になっており、ひとつ目のドアとふたつ目のドアの間に小さな空間がある。

 中にはまるで飛行機の中というように椅子が敷き詰められていた。さすがに建物の中なので飛行機ほどの大きさはないが、たくさんの人を運ぶには十分だ。座席の端には小さいながらもガラスの窓が設置されているので閉鎖感もそこまではない。


 とにかくサナに促されるまま三人ともに着席ししばらく時を待つ。ほかの客もどんどん乗ってきて、席が満員になり数分後、客席の部屋の前にあるドアが開き客室乗務員らしき人羊種の人が出てくると「都市オールト行き、出発」のアナウンスとともにまた出ていった。


 俺たちは座席ひとつひとつに付けられた安全ベルトを装着し待機しているとついにこの化物が動き始めた。ゆっくりと窓の景色が移動し前進していく。だが、次の瞬間あろうことかこの巨体が浮上しだした。俺の体が背もたれのほうに押され、斜めに上昇していくのがわかる。


 どんどんスピードが上がっていく。確か飛行機は高度一万メートルだったか、さすがにそこまでは飛ばなかったがおそらく千、二千メートルどころの話ではないだろう。やがて水平になるとしばらくしてまた人羊種の人が入出、「安定状態になった」と告げてきた。

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