第三章 中核都市オールト(2)

 慣性により後ろに引っ張られていた体がようやく進行スピードと付いてこられるようになったころ、その事実に感動を覚えた。グリフォンに乗って空を飛んでいるのだ。とんでもない状況。後ろを振り向くとガオウを乗せた人竜の漁師が操るグリフォンが後を付いてきている。


 風でなびき俺の顔にかかるサナの髪を避けながら顔をサナに近づけた。


「サナ! こいつなんなんだよ!」

「アカマユグリフォン! グリフォンの大型種!」


 まるでサナの答えに反応するようになくグリフォン。今は羽ばたく回数が少なくなり猛スピードで滑空を続けている。時々翼や羽毛の角度を変え、舵を取るその姿は鳥そのもの。


「グリフォンって鳥の一種なのか?」

「そうね。脊索動物門、脊椎動物亜門、鳥綱に属しているのをいえば間違いない。ただし、鳥綱も鳥亜綱と獣嘴(じゅうし)亜綱に大きく分類が分けられるんだけどね」

「獣嘴亜綱?」

「鳥亜綱は二本足のを分類する。一般に鳥という動物ね。獣嘴亜綱は足を四本持つのをいう。だからグリフォンは獣嘴亜綱ってわけね。つまり本質は鳥ってわけ」


 獣嘴亜綱……、そんなのは俺のいた世界じゃいなかった。やはり、平行世界なのか。だが、同時にその未知なる生物にどんどん興味が沸いてきた。


「獣嘴亜綱ってなんだ? 詳しく教えてくれよ」

「へえ!? そこまで掘り下げる? いいね!」


 サナは一度息を吸うとテンションを上げながら説明し始めた。


「獣嘴類は最初のときは六肢を保ったまま進化を続けた鳥類。鳥類が早々に一対の足をなくしたのに対し、足四本を持ったまま進化を続けたの。ま、それでも逆に足を残したまま翼をなくした四肢鳥獣下綱もいるんだけどね。

 対してグリフォンは六肢鳥獣下綱。ちなみに人鳥種もこの六肢鳥獣下綱に属しているね。人鳥種は確か……類人鳥上目、類人鳥目、ニンチョウ科、ニンチョウ属、ニンチョウだったね。鳥バージョンの猿ってとこが類人鳥類かしら。

 アカマユグリフォンはグリフォン上目。下はオオグリフォン目、、オオグリフォン亜目、オオグリフォン科、オオグリフォン属、アカマユグリフォン」


「オオグリフォン……、グリフォンか……」


「グリフォンを知っているの? そっちの世界じゃ六肢動物はいないんでしょ」

「幻獣だよ。ただし、ワシの頭と前足にライオンの体を持つ化物としてだけど」

「バカみたいな動物ね。いるわけない」


「……このグリフォンですら俺からすればバカみたいな動物だけどな、それに幻獣だし」


 しばらく無言の空気が続く。ただ、猛スピードで空を切っていくゆえに生まれる風の音だけが耳に入ってくる。囁く言葉程度じゃまるで前にいるサナに聞こえないだろう。


 少し、薄い水色の羽毛を触る。実にさらり、そしてふわふわしており、それは鳥の羽毛とまったく同じものだとわかる。下には緑の世界が広がっており一面が森だ。その森から飛び立った鳥の群れが俺たちの横を通り過ぎ更なる上へと飛んでいく。見た感じ、スズメ目の鳥っぽく見える。だが、その次に空へ舞い上がった群れは同じく雀ぐらいの大きさのグリフォン。


「あれは?」

「オールトモリグリフォン。グリフォン上目、スズメグリフォン目、ツバメグリフォン科、ツバメグリフォン属の種。オオグリフォン類が以上に大きいだけで他は鳥と同じくらいの大きさ。そして獣嘴亜綱の大半をスズメグリフォン目が占めるのはスズメ目と同じね」

「なるほど……」


 オールトモリグリフォンとやらがかなたへと飛び去っていき完全に視界から消え去る。ほとんど手乗りのグリフォンといえるような大きさだった。それと打って変わり、片方だけで優にニメートルを超える大きさを持つ翼をバサリと一回羽ばたかせるアカマユグリフォン。さらにこの大きな巨体の滑空が続く。


「待て!? 今さらだけどおかしいだろ!?」

「なにが?」


「鳥って体重をできるかぎり軽くしたうえでやっと飛べるものだよな。あのスズメグリフォン類ならわかるが、このオオグリフォン類が飛ぶなんて冗談にもほどがある! ましてや俺たち三人を乗せているくせに、こいつ一匹だけで空を悠々と舞っているじゃねえか!?」


「オオグリフォンは自力だけでは飛んでいないよ。あ、もちろん風の力だけでなくという意味でね。フロトプシケを宿しているのよ」


「ふ……、フロトプシケ?」


「魔法生物界、精霊門、宿精霊類の一種よ。オオグリフォンとこのプシケは相利共生の関係。方や体内のエネルギー、方や浮力を得て生きている」

「? ? ?」


 急にパッパラパーな説明をしだしてきた。精霊? 魔法生物? ぶっ飛んだ話に切り替わってきた内容にてんで理解が追いつかない。わかる言葉は相利共生程度だ。


「サナ、よくわからん。そこんところ詳しく!」

「それもいいけど、もうそろそろ着くからあとでね。下を見て」

「下?」


 そう聞くと下のほう、正しくは下前方に視線を落とす。するとそこにはあのグレハ村よりもずっと大きな町が広がっていた。建物がしっかり並んでおり、様々な人種(文字どおり生物分類の種レベル)が街中を行き交っている。すぐアカマユグリフォンは街の上空に到達。


 さらにしばらく空を進行していくと急に方向転換をし始めた。


「着陸するぞ、掴まってろよ」


 アカマユグリフォンを操る人蝙種の人が告げてくる。進行方向の先には大きな広場。そこに建っている人が赤旗を振っていたのだが、今黄色の旗に持ち変えられる。そして、横に向かって旗を大きく降り始めた。


「あれなに?」

「着陸許可よ。街中では好き勝手に着陸しちゃダメだからね。指定された場所に許可が下りた時だけ降りられる。まあ、つまり乗る動物をしっかり操る訓練をした人じゃなきゃ街中を飛ぶことは許されないの」


 なるほど、この世界でも運転免許みたいな技術がなきゃ乗れないってわけか。着陸許可というのも納得がいく。これだけ人がいるなかで人の屋根や公共の道路に降り立ったら迷惑も甚だしい。やっぱり、それなりの法律が整備されたしっかりしている社会というわけか。


 旗の合図に合わせ俺たちの乗るグリフォンが着陸開始。


「あ、ひとつ言い忘れたけどグリフォン、空を飛ぶスピードはいいし快適だけど……」

「え?」


 着地した瞬間、腰がグワンと数十センチ突き上げられた。続いて連続で腰がものすごい落差でガクンガクン。安全ベルトでかろうじて体が放りだされないほどに収まっているがノリ心地最悪。飛行で得た慣性に対抗しようとするグリフォンの走りは容赦なく俺の腰に響き渡る。かなり疾走し続け、やっとグリフォンは爪を地面に突き立て止まった。


「グリフォン、飛行は快適でも地上ではどう良く見ても乗り心地最低だから。でも骨格的に見たら鳥の背中というよりはライオンの背中に乗っているほうが近いからまだまし。ダチョウとグリフォンだったらグリフォンのほうが乗り心地いいからありがたいと思うべきね」

「……言うのが遅い。その理屈も納得いかないし」


「ハハハ。地上も空もどちらも完璧な動物として天馬、天鹿(テンロク)が挙げられるんだけどどうしても飛行スピードがねえ。どうせ、地上移動には使わないし。よっと」


 ひょいっとアカマユグリフォンから飛び降りるサナ。後に降り立ったガオウがこちらまでやってきて支えてくれるらしいので、ガオウに任せて飛び降りる。そして、グリフォンに固定されていた松葉杖を受け取るとゆっくりグリフォンから離れた。


 グリフォンを操っていた二人は小さなバッグから四等分されたリンゴをグリフォンにあげている。さらに何度もなてたりして癒していた。


「じゃあ、いくからな。帰るときは手紙で日程を寄越してくれ」

「大丈夫、帰りはこの町のハイヤーを借りるよ」

「そう、じゃあ気をつけてな」


 そういうと二匹のグリフォンは青色の旗が挙げられるとともに人竜、人蝙の人たちを乗せて空へ飛び立った。

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