第二章 悠斗の知らない動物たち(4)
親指を立てたグッドサインをかまし立ち上がるサナ。俺は少し戸惑ったが呼び止めた。
「サナ! サナが動物学者だと知ったうえで気になっていることがあるんだけど質問いい?」
「うんいいよ。なんでも聞いて、異世界から来たユウトは知らないことだらけだろうから」
「……信じていないくせに」
「まあね、で、なに」
俺は一旦、ボール遊びをしている子供のひとりに視線を送る。人鳥種のあの子だ。
「なあ、あのボール遊びしている子、今、蹴った子。あの子が人鳥種でいいのか?」
「うん、人鳥種」
「あれさ、六肢になっていないか? 手が二本、足が二本。それに翼が二枚」
「うん、六肢ね。それがどうかした?」
「……いや。おかしいだろ! 周りの人はみんな四肢動物だぞ。でも人鳥種、人蝙種だけは明らかに一対多い。もしかして、この二種は根本が別種なのか?」
「ああ~~うん。随分と鋭い指摘するね。普通の人でもそこ疑問視する人は少ないから驚いちゃった。そうだね~結論だけ言えばとりあえず同じね。皆、脊椎動物亜門に属する動物」
な!? 脊椎動物亜門!?
「ん、ああ、ごめん。専門に近い用語使っちゃったね、悪い癖なのよ」
「いや、わかる。むしろ逆だ。あまりに馴染み深い用語を聞いたから驚いただけ、続けて」
そう返すとサナは一瞬驚きをみせたが、次の瞬間には目を輝かせ始めた。
「もともとね、あたしたち脊椎動物はみな六肢動物だったのよ、いや正しく言えば今も六肢動物だけど。ただ、今現在、脊椎動物のうち、半分以上は一対が進化の過程で痕跡が少し残っている程度にまで退化していったのよ。でも、そうね……あ、いたいた! 上見て」
サナがある家の屋根を指差す。そこには黒い羽毛に包まれた鳥が一羽。いや、違う。鳥じゃない、鳥みたいな足が四本あり翼まで兼ね備えている。大きさはカラス程度か。
「ほとんどが一対退化させたけど、なかには六肢を保ったまま進化を続けた種もそれなりにいたの。それがあのイエグリフォンや、人鳥種、人蝙種って訳ね」
サナの説明が終わった後、そのイエグリフォンと呼ばれた生き物が屋根から飛び上がる。代わりにカラスによく似た鳥がそこに舞い降りた。あれは俺もよく知っているタイプの鳥。
「この世界の脊椎動物は六肢動物ってか?」
「何言ってんのよ、ユウトも六肢動物。ほら背中のこのあたり、触ったら退化した一対の痕跡が骨の出っ張りとして残っているはずよ」
そう言いながら俺の背中、肩甲骨の少し下あたりを触ってくる。だが、すぐに怪訝な顔を顕にし始めた。「ちょっと」と言いながら俺を無理やり固定しベタベタ背中を触り始める。
「ない!? ない!? ちょっと失礼」
慌てて次々と体のあちこちを触り始める。頭、肩、腹、腰……前。
「って、そこまではいいだろ!?」
「……付いてる物は付いてたわね。でも触ったかぎりだと体の骨格が妙に違う……」
顔を真っ赤にしながら結果を報告するサナ。いや、恥ずかしいならそこまでするなよ。俺は大事な部分を隠しながら一旦サナに背を向ける。
「俺のいた世界じゃ、脊椎動物はみな四肢動物だからな」
「え? すべての動物が一対退化したってこと!?」
「違う、そもそも進化の過程で陸に進出した両生類が四肢動物、いや硬骨魚がすでにそういう骨格をしていたんだ。だから俺の体には退化した一対の痕跡なんてのはないんだよ」
「うそお! そんな事言ったって、ほらああ!」
今度はサナが背中を俺のほうに突きだしてくる。後ろでくくった長い髪をどかしているので綺麗なうなじが目に映り思わず唾を飲み込む。落ち着いて下心ないよう、肩甲骨のあたりを触ってみる。すると確かに小さな出っ張りの感触が指に伝わった、まるで尾てい骨みたいだ。
どうやらこの世界の動物が六肢動物であることに違いはないらしい。で、一対が退化したと。まあ、別に退化は不思議なことではないか。蛇は足すべて失くしたし、後ろ足だけ退化させ前肢だけ残した動物(フタアシミミズトカゲ)だって稀だが存在する。ならば、この世界の進化の過程を完璧に否定しきれることはないだろう。
「もしかしてあなた、本当に異世界の人なの?」
「……らしいな。俺も確信を持ち始めているよ。こっちの世界じゃ初期の両生類はどうなっているんだ? 六肢動物だったのか?」
「もちろん、魚の骨格もそこに準じている。六肢に変化したといわれている胸鰭、腹鰭、腰鰭」
「やっぱりその時点で違うな。こっちの魚に腰鰭なんてヒレはない」
「そうなの!? おもしろいね」
サナがさらに目を輝かせてこちらの体を端から端まで舐め回すように見てくる。もし、こっちが同じ行為をしてみろ、変態扱いされるぞ。だが、かなりこれはいいヒントだ。
この星は太陽系第三惑星、地球。ただし、大陸は形がかなり違う。そして生物の進化の過程も大きく異なっている。つまり、この世界は……平行世界といったところか。
硬骨魚が出現し始めたのは今からおおよそ四億年ほど前。いや、そのころには四肢か六肢か確立し始めていたと考えれば分岐はそれより前。硬骨魚の原型である棘魚類か顎口類、いや脊索動物が生まれたぐらい……かもしれないか。つまり5億年ぐらい前に自分のいた世界と分岐した平行世界と考えてみて問題ないだろう。バカバカしいし、気が遠くなるような話だ。
でもそれを考慮するならば隣にいるサナ。見た目はヒト種(ホモ・サピエンス)だが、こちらではジンエン種。六肢動物と四肢動物。5億年以上前に分岐した気が遠くなるほどの遠縁種になるというわけだ。
そう考えればここは平行世界といえど別世界、のはずなのだがなあ。
「はいみんな。夕御飯の時間よ」
「「はぁあい!!」」
子供たちがそれぞれの家へと返事しながら帰っていく。
「あ、どうも」
「いやあ、こちらこそありがとうございます」
道端で会った二人がペコリとお辞儀する。そして入っていく家は日本家屋。ふと目に入った掲示板には日本語で書かれた記事が張ってある。
「ものすごい親しみのある言葉と文化があるのはこれ、気のせいなのか? 気のせいなのか!? どう考えてもこれお隣さんの世界ですよね!?」
「なに!? いきなりなに!? どうしたの?」
「うわぁああ!? やっぱりわかったようでわからん!」
なんとなくここが異世界、もっと言えば平行世界だということは察しがつき始めた。ただ、根拠があるわけではないし、それを知ったところで現状を変えるのは不可能。この文化や文字、言葉にも疑問が残り続ける(むしろ言葉通じたのはありがたいのだけれども)。
訳がわからない。
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