第二章 悠斗の知らない動物たち(3)

 少しは混乱も薄れ……というよりは周りの状況に納得はいかないが慣れ始めたこともあり、少なからず落ち着きを取り戻していた。周りにいる化物……いや、人に対してもサナから「大丈夫、みんな優しいあたしと同じ人」だと言い聞かされなんとか落ち着いていられる。


 そしてもうこれ以上座って考え続けても無意味だと悟った俺はひとりで松葉杖を突きながら家の外、村へと足を進めた。日は沈み、オレンジがかった世界になる。それを見るかぎり、ここはやっぱり地球なんのだよなと思い耽ったりするが、それでも訳がわからない。


 とりあえず、足を休ませる意味も込めて近くにあったベンチへと座った。


「ん、兄ちゃん。足大丈夫か?」

「え? あ、ああ、まあ」


 隣のベンチに座っていた人がこちらに話しかけられなんとか返事をする。

 その人というのも全身がグレーっぽい黒の毛並み。手足を持ちながら背中に膜が貼られた翼を生やしている。顔は狐のような顔をしているが、翼を出せるように加工された服を着ている。多分、サナの説明内で解釈するなら人蝙種、漢字を見るかぎりコウモリ人間ってところか。


 話す口調から、それなりに年いった人なのだろう。だが俺と同じぐらいの背丈。人間、いや人猿種と比べれば背は低めなのではなかろうか。


「そうか、しばらく不便だろうけどしっかり直しな」


 人蝙種の人は黒い五本指の手でぽんと俺の肩を叩くと、翼を広げ少し先の所まで空を飛んでいった。すぐ着地したが明らかに空飛んだ、明らかに空飛んだよ。

 もう開いた口が塞がらないという諺がそのまま使える状態に陥る。そんな光景にすべての意識を奪われていた俺だったが今度、別の人に声をかけられ我に帰った。


「あんた、目を覚ましたのか」

「え? えっと……」


 話しかけてきたのは鳥男。いや、最初は翼のない鳥人間だと思っていたがどうも人竜種という種族の人らしい。緑に近い青の羽毛をしているが少し鮮やかに感じる。といってもやはり人間といわれる彼らも羽毛や毛並みは他の動物に比べて少なくなっているらしい。


 人竜種の人は細長い三本指の手を俺のほうに向けてきた。


「俺はこの村の漁師だよ。あんたが海を漂流しているのを見つけて運んでやったんだ。もっとも、うちは嫁がうるさいからな。代わりにダチのガオウに預けていたんだ、悪いな」

「あ、いやあ。それは、どうも……あ、ありがとうございます」


 まさか目の前の人が命の恩人だったとは。慌てて頭を深々と下げる。


「いやあ、気にするなって。無事だったらそれでいいんだよ。足の一本ぐらいは命に比べれは軽いってもんよ。いやあ、よかったよかった」


 まるで足一本吹き飛んでしまったかのように言い、バンバンと背中を叩きながら気さくに話しかけてくれる人竜種の漁師。残念ながら異世界に飛ばされている時点で無事ではないと思うのだが、命があったのは感謝するべきか。


「俺んとこ、嫁がうるさいからさっさと帰るとするよ。じゃあな」

「あ、はい、どうも……」


 羽毛をまとい、嘴を持つ見知らぬ人間に手を振りながら、遠くまで行ったことを確認するとため息をついた。帰るとするか……か。帰れるのか……俺?


 自分が今座っているベンチ。でも、これは自分の知らない異世界のベンチで俺は異世界にいるわけだ。今の状況じゃ帰れるわけないよな、少なくとも駅に行って電車を乗り継げば帰れるほど甘い状況にいるわけではない。……ため息しかつけないな。


 考えても仕方がないと顔を振り上げた。ちょうどそこに、ひとつボールが転がってくる。


「すみません、ボール!」

「ん? ボール?」


 転がってきたサッカーボールぐらいの大きさのボールを手に取り声のするほうを見る。そこには手足+羽を生やした鳥人間、人鳥種とまるでサテュロスのように立っている羊、人羊種の子供。どちらも五歳にも満たないぐらいにみえる。猿種以外の年の感覚はわからないが。

 ボール遊びをしていたらしく、俺のもとに転がったボールを欲しがっている。


「ほら、行くぞ」


 ボールを子供たちのもとへ投げ渡してやると、無事キャッチした子供たちが一礼してまた遊び始める。そんな子供たちの所へ、さらに多種多様、人種問わない子供たちが混ざり始め大勢でボールを蹴り合いながら遊ぶ。見た目は変だが、それはあまりに日常。


「いたいた、こんな所に居たの」

「ん、サナさんですか、どうも」

「ふふっ、もうサナでいいわよ。となり座るね」


 そのままなんの躊躇もせずに座るサナ。黒い髪が視界の横で揺れる。その髪に見とれきれいだな、なんて思っているとサナがさらに笑みをこぼした。


「少しは落ち着いたみたいね」

「う~ん、もはや理解もできないし落ち着く以外の選択肢がなかったというべきかな」

「変なの」


 人に言われなくても変なのは自分が一番よくわかっている。この世界と自分、どっちがより変かといえば言うまでもなくこの世界と言い張る自信はあるが。


「ねえ、あたし。明日から研究の都合でオールトの中核都市に行くことになるんだけど……、というより休暇で故郷に帰っていたからまた行くんだけど、一緒に行く?」


 オールト……この村がある地方のことだったな。


「研究?」

「うん、あたしまだ十八なんだけど動物学者でもあるの。主に鳥竜類を専門分野にしてる」

「動物学者……か」


 動物学者というものにいい思い出はない。一瞬身を引きかけたがサナとは関係ないと言い聞かせ、サナが動物学者であることを受け入れる。もっとも鳥竜類というのは知らないが。


「ここには診療所しかないけど都市部に行けば大きな病院もある。その足を見てもらいに連れていってあげるよ。ついでに頭が打っていないかも見てもらおうか」

「……そうだな。正直、今の俺はどうすればいいのかもわからん。ついていっていいのなら、俺もその都市部へ行ってみようかな……」

「オッケー! 決まり! じゃあ、明日ね」

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