第二章 悠斗の知らない動物たち

第二章 悠斗の知らない動物たち(1)

「お前は、俺がいなくても大丈夫だよな」

「何がだよ! そうやってまたいなくなるんじゃねえか!」

「まあ、そうカッカするなって。別にもう帰らないってわけじゃないだろ?」

「帰ってもどうせすぐ、また出ていくだろ!」

「でもすぐ帰ってくる」

「親父のすぐは一ヶ月以上だ!? 話にならねえよ!」

「わかったわかった。今度は早く帰ってくるから」

「そんなの何度も聞いた嘘だろーが! そんなに俺と母さんが嫌いか!」

「ああ、もうピーピーうるせえな。母さん、悠斗のことよろしくな」

「おい、逃げるなよ! 逃げるなよ! 親父!」


「親父……あっ……」

 目が覚めた。まいったな、またアイツの夢を見ていた……虫唾が走る。ま、どうせ夢だからすぐ忘れるさ。そう思って案の定、もう夢のこともぼやけてきたころ、ゆっくり体を起こした。


「あ、目が覚めた!」

「え?」


 突然横から女の子の声が聞こえ振り向く。そこには見知らぬ少女が立っており、腰と顔だけ振り向き、こちらを向いていた。黒くきれいな髪を持っており後ろで括りポニーテールになっている。


 白いシャツに青系統のロングスカート。比較的ラフな姿の少女は非常にスラっとしたスタイルで見るからに美人だとわかった。高校生か、大学初年程度だと思う。見た感じ俺よりは年上のお姉さんだだろう。

 ただ、なんとなく顔つきは日本人ぽくない気もするのだが、飛んできたのは日本語。ならそこは問題ない。


「ええっと、すみません、ここは?」


 かけられていた布団を剥ぎベッドから足を下ろそうとする。だが、その行動を見た彼女はまるで一気に引きつったような表情に変貌した。


「ダメ! まだ足で立っちゃ!」


「え? 痛っッ!? くぅうう、いってぇえ……」


 体重をかけようとした右足に強烈な痛みが走る。それと同時に横から毛むくじゃらの手が伸びて俺の体を支えてくれた。


「その足じゃまともに立てないだろう。今はそのまま座っていろ」

「あ、はい、すみません……」


 右足の痛みに耐えながら、支えてくれる人の手を借り、再びベッドに戻り腰を下ろす。すると支えてくれていた手はゆっくりと俺の体から離れた。


「ありがとうございます。支えてくだ……さっ……て……え……」


 視線をその支えてくれた人……? の所までもっていって驚愕した・


「クマが……立って……喋ってる!?」


 毛むくじゃらなのは手だけじゃない。足も顔も。クマにしては体毛少なめにも感じるが、顔は明らかにクマ、イヌ? 洋服を着こなしているがなんか立って喋っている……。


「いや、お前だって猿のくせに立って喋ってるじゃねえか。って、その足じゃ立てはしないか。まあ、喋ってるな、サナは文字どおり猿で立って喋る、同じだろ。これでも違うって思うなら、檻に入っているサルと一緒に寝ることをおすすめする」


 同じか? 同じなのか!? 俺の価値観がまちがっているのか!? 後ろにいるサナはこの目の前のイヌだかクマだか知らない奴の言葉を聞いて軽く笑うし、訳わからん。


「まさか、君? 人狼種を見たことないの?」

「え? 人狼!? って、あの人狼?」


「さあ、君がどの人狼を指しているのかは知らないけど、人狼はこの世界では一種しか存在していないわね。まあ、ジンロウ科と括れば何種もいるけど……」

「ふ? う? ん?」


 人狼なんていたっけ? いや、いるわけないよな。人狼ってあれだろ、獣人の一種でよくファンタジーででる幻獣のことだよな? って、あれ? 目の前のこれは幻獣?


 さりげなく、ベッドの隣に立っている人狼なる生物から腰をずらし離れる。まるでどういうことか理解できないでいると彼女がこちらに近寄って俺の顔を覗いてきた。


「もしかして頭でも打った?」


 そう聞かれ頭をさすってみるが別に打った覚えはない。


「足は打っているがな」


 隣の人狼から言われた言葉であることを思いだし、足を見た。湿布が貼ってあるのだろうか、少しひんやりしており、右の足首が簡易的に固定されている。


「ああ、確かに足を打ったのは覚えている」

「うん、見ればわかる。腫れてたもの。まあ、それは覚えているわけね」


 そう聞かれ当時の様子を鮮明にさせていく。川で子犬を助け、そのまま川上から流れてきた物に足をぶつけたんだ。それに足を取られ溺れて……海まで運ばれた?


 んな、馬鹿な!


「まあ、いいわ。自分の名前は覚えている?」

「え? えっと……悠斗」

「そう、ユウト。基本的な記憶は持っているらしいね。この流れでこっちも紹介しておくね。あたしはサナ。こっちの人狼はガオウさん」


 そう説明されてもこっちはまったく整理ができないのだが。


「えっと、ガオウさんなる方が人狼?」


 質問するとガオウとサナが同時に首を立てに振る。


「で、そっちのお姉さんがサナで人?」

「うん? どっちも人よ」

「うん? ……ええっと、サナさんはヒト属ヒトでは?」

「ヒト属? 分類でいうならジンエン属ジンエンね」


「ん? うん? ……うん?」


「ガオウさんは、ジンロウ属ジンロウ」

「……あぁ!?」


 頭の中が絶賛パニック中。知識として溜め込んだ動物、そのなかで分類学を必死に洗いだす。霊長目、直鼻猿亜目……、人猿なんて知らねえ! 人狼なんてもっと知らねえ!?


「はあ、もういいわ。とりあえずこれ使えばいいから」


 頭を抱え込みパニックを必死に抑えこもうとする俺にサナから渡されたのは二本の松葉杖。これを使って立てっていうのだろうか? とりあえず地面に松葉杖の先を付き、ガオウにまた手を貸してもらいながらなんとか立ち上がる。


「一旦外に出よ。外の空気を吸えば落ち着くって」


 サナが部屋のドアを開けるとすたこら出ていく。しばらく唖然としているとドアから顔だけ出して大げさに手を振り上げてくるので、とりあえず後ろにいるガオウに気になる自分を精一杯押し込め松葉杖をついて前に出た。


 案内されるがままに木製の床でできた廊下を渡り玄関を出ると視界には広々とした景色が映しだされた。視界に入る数多の情報に一瞬見開き、すぐに閉じる。大きく息を吸って、ゆっくりと肺から空気を押しだしていく。

 実においしい空気だった。まるで汚染された気配のない空気。パニックになった感情を少しでも緩やかにしてくれる気がする。その気分のまま、再び瞼をゆっくり持ち上げた。


 のどかな村。畑が大きく広がっており、その向こう側は海。海沿いに面している割には小さな村だと思う。日本家屋を匂わせるような木製の家がいくつか立ち並び、家々の間には海に続くきれいな川が流れている。

 川にかけられた橋を走りながらわたっていく子供たち。その向こうでたわいもない話をしているのであろう主婦たち。実にのどかな景色が広がっていた。


 ひと通り景色を見渡して再び目を閉じる。そして大きく息を吸う。バクバクと鳴り響きとどまることを知らない心臓を少しでも落ち着かせようと深呼吸。パニックをなんとか押さえ込むためにもう一度大きく息を吸い込む……、少しでも落ち着かせるように……うん、無理だ。どうあがいてもこの事実から背くだけの図太い性格はしていなかった。


「なぁんんじゃぁああああこりゃあああ!?」


 俺はただいま絶賛超絶パニック継続中だった。


 一見のどかな村に見えるこの光景の前。住んでいるのが人じゃなく化物。いや人もいるがそれ以外のやつらが多すぎる。いや、待て。サナが言うにはこいつらの人なのか? いや、違うよね。化物だよね、化物だよね!?


 そんな俺のことなどつゆ知らず、目の前を通り過ぎていくふたりの子供。方や立って走る鳥人間、方や立って走るヒツジ。その向こうで世間話をするネコもどきに、翼のない鳥もどき人間、そして悪魔みたいな化物。と思ったら向こうから人魚みたいなやつがやってきて、ちょっと何が起こっているのか、さぁああぱり。はっはっは、どうやら本当に頭を打ったらしい。


 目の前に広がる光景に俺は立っていられず腰を抜かし尻餅をつきながら倒れ込んだ。


「って、いってええ! 足、いってええ!?」

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