先攻と後攻

 僕が合図をすると、観客が僕に合わせて「そんなわけねーだろ!」コールを唱和する。


 場内が、歓声があがった。


 全身が茶色くなった慶介が、泥から這い上がって来る。

 

「今のはデモンストレーションです。わざとハズレの解答をして下さいました。では慶介、正解の方を、ご自分の口からどうぞ」


 慶介が、僕からメガホンをひったくる。


「やっぱ好きやねん!」と、聞こえるように絶叫した。


「ありがとうございます。今度は婚約者に向かって直接大きな声で!」


「やっぱ好――ぶへえ!」


 やなせ姉がシャレっぽく、茶色くなった慶介にビンタした。


「はい。ごちそうさまでした」


 僕が言うと、観客が大ウケする。


「えー、このように、間違えると泥の池に放り投げられます。安全のため底にはマットが敷いてあります。ケガはしないと思いますが、ご注意下さい」


 本当は紙か発泡スチロールの板を作り、走ってダイブしてもらおうと思っていた。

 だが、番組研の部費ではそこまで賄えない。

 場所はやなせ姉が提供してくれたが、それ以上の援助はさすがに頼みづらかった。

 考えた末に、女子プロレス部に投げ飛ばしてもらう、という作戦を考えつく。


「なお、聖城先輩には、お一人で戦ってもらいますが、問題はありませんか?」

「ちょうどいいハンデだと思います」


 まったく物怖じせず、聖城先輩は言い放つ。

 のんが悔しそうに「むむむっ」と唸った。


 こちらは四人に対し、聖城先輩は一人だ。

 もし、スチロールの壁を用意していたら、先輩は四人分ダッシュしないといけない。

 見るからに文化系の先輩には辛いだろうと思ったのも、女子レスラーに依頼した理由である。

 昌子姉さんの人脈の広さに感謝だ。どこから、あのような人材を連れてくるのか。

 ちなみに、彼女たち二名分の出張費用は、昌子姉さんが負担するらしい。日帰りなので微々たる額だが。


「では、先攻後攻の順番を決めたいと思います」

 

 嘉穂さんと先輩に、割り箸で作ったくじを引いてもらう。


「色の付いた割り箸を引いた方が先攻です」

「あ、とすると?」


 色つきの箸を掴んでいたのは、嘉穂さんだった。


「はい。番組研が先です」


 回答する順番は、やなせ姉、のん、湊、嘉穂さんの順だ。

 

「では、誤答すると失格となります。サドンデス形式です。どちらかが全滅した方が負けです」


「ちょっと、いいかしら?」


 聖城先輩が手を挙げる。


「どうなさいましたか?」

「こちらには、助っ人がいないのね?」

「そうですね」


 厳密に言えば、聖城先輩に釣り合う人が見つからなかったのだ。


「そちらは四人。こちらは一人。つまり、番組研は三回間違えられるってわけよね?」

「いえ、先輩も三回間違えられますよ?」


 当然だ。でなければアンフェアすぎる。何が言いたいんだ、先輩は?


「ハンデをあげるわ。一問でも私が負けたら失格でいい」


 先輩から、恐ろしい提案が飛んできた。


「ちょっと待って下さい! 本当にいいんですか?」


 予想外の事態に、僕もどうしていいか分からない。


 ギャラリーもザワついている。期待の声を上げる者、開いた口が塞がらない者と様々だ。

 

「どう? ちょうどいいハンデだと思うんだけど」

「オイラ達を馬鹿にしてるのか?」


 のんが声を荒らげた。


「ウチらは全然構わないよ。プライドが許さないけど」

「湊は、悔しくないのか?」


 興奮するのんを、やなせ姉がなだめる。


「そりゃあね。でも正直、こうでもしないと勝てる気がしない」


 湊が素直な意見を言う。

 

「分かりました。先輩は一問でも間違えると失格です。よろしいですね」


 僕が確認を取ると、先輩は頷いただけで腰に手を当てた。

 足首を回して柔軟運動を始める。


「では参りましょう! 泥んこクイズ、スタートです!」


 今、クイズ研の未来を決める一戦が、幕を開けた。

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